第46回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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とある阿呆男の一生【予告編】
みお
投稿時刻 : 2018.08.18 22:27
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とある阿呆男の一生【予告編】
みお


 その日、映画館に足を運んでしまたのは、やはり疲れのせいだろう。
 私は適当な映画の席をおさえ、薄暗い館内に入る。見渡せば人もまばらだ。
 すでに予告が始まているので、私は腰を折り曲げ中に入る。顔についた水滴を拭きながら予約した席に座れば、冷房のつめたさが私を冷やした。
 ……映画館にくるのは久しぶりだた。
 大体、私は映画館が苦手なのである。閉所恐怖症である。この暗さと狭さは恐怖でしかない。
 そうだ、最後に映画館へ来たのは10年も前だ。妻にねだられて半ば強引につれて来られたのだ。

 ……今、スクリーンに流れている予告も夫婦ものだ。
 この夏Coming Soon!! と、大げさに広告が打たれている。内容は、我が侭な女に振り回される男の滑稽な人生コメデのようである。
 思えば私の妻も我が侭な女だた。恐怖症の私を無理矢理映画館に引きずりこむなど、いつも彼女の好きなことを強制する女だた。
 嫌がれば彼女は私を強く殴るのだ。予告の女性のように。足蹴にし熱い湯をかけてくることもある。この予告の女性のように。
 やがて男は意を決した。勇気を出した。ある雨の朝、大きな裁ちばさみを目にした男は、掴んだ、振り上げて、妻の無防備な、背に。
 私はぞくりと震え、思わず腰を浮かせる……が、体が動かない。
 やがて唐突に予告は途切れ、

 この夏Coming Soon!!

 の文字がスクリーンに浮かび上がた。
 私の背は震え、心音が激しく波打つ。
 ……もう、夏も終わろうとしている。
 この映画はいつ上映されるのだ。
 私は手を見た。気がつけば手がずしりと重いのである。
 私の手には、大きな裁ちばさみが一つ、握られていた。真赤に染また裁ちばさみだ。
 いや、ハサミだけではない。手も、顔も、何もかもが赤い。
 顔に触れると、水滴がねちりと指に絡みつく。


 雨音が、激しく窓を打ち付けていた。

……
 何か恐ろしい夢を見た気がして、私は飛び上がる。
 はと顔をあげれば、見慣れた部屋なのだ。
 湿気たベドの上、身を起こすと台所から妻の鼻歌が聞こえる。今日は平日。私が仕事で家を出ると妻は不倫相手であるパート先の男の元に走るのだろう。
 起き上がた私の手に固くて重い物が触れた。
 掴む、振り上げる。足は台所に向かう。
 付けぱなしのテレビから陽気な男の声が響く。

「この映画、とある阿呆男の一生というのです」

 Coming Soon!!

 不思議な白抜きの文字が、私の顔に被るように降り落ちてきた。
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