てきすとぽい
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第47回 てきすとぽい杯
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in out of cocoon
(
犬子蓮木
)
投稿時刻 : 2018.10.20 23:39
字数 : 2716
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in out of cocoon
犬子蓮木
大きな繭があ
っ
た。
周りに人はいない。
僕だけがこの繭を載せて走る電車に乗
っ
ている。
車窓からおだやかに晴れた青空と高架下の落ち着いた町並み、走る車や歩いている人たちが見えた。
いつからこの電車に乗
っ
ているのだろう。
どうしてこの電車に乗
っ
ているのだろう。
この電車はどこに向か
っ
ているのだろう。
僕は誰だ
っ
た
っ
け?
なにもかもがわからないまま、僕は繭に近づいて手を触れた。手を通して繭の鼓動を感じる。ドクンドクンと脈打
っ
ている。生きている。否、生きていると言
っ
ていいのかはまだわからない。生まれていない状態を生きていると言えるのか、定義があいまいだ。
繭にはう
っ
すらと影が浮かんでいる。人の形が二つ、丸ま
っ
ているようだ
っ
た。
僕は振り返る。
僕の背後に繭はない。
僕の前には繭がある。
僕は繭から生まれたのではないということか。
僕の役目はこの繭を見守ることなのだろうか。
なにから?
そう思
っ
たときに、僕の手には包丁が握られていた。そうか、見守ることではなか
っ
たか。包丁とともに僕の頭にはメ
ッ
セー
ジが届いていた。それは明確に言葉にできるようなものではなく、抽象的な概念で、色を付けるなら黒いものだ
っ
た。
僕は包丁を繭に振り下ろした。
ま
っ
すぐに線をいれる。空いた隙間から手をいれて、力い
っ
ぱい開いた。
中から粘液にからま
っ
た人が転がり落ちた。ふたりとも目をつむ
っ
ている。脚には綺麗な鱗がいくらか並んでいる。僕は包丁を握り直すと二人の脚から鱗を剥ぎ取りはじめた。
この鱗は高く売れるのだ。
僕はこの鱗を取りに来たのだ。
手が血塗れにな
っ
た。
鱗も血に塗れた。
でもそんな血は後で洗い流せば綺麗に落ちる。今の一瞬、心が傷んでも一週間後には忘れることができるだろう。そうや
っ
て繰り返し生きてきたのだ。
窓の外が暗くな
っ
ていた。窓に映る僕の額に二本のツノが生えていた。鬼だ。はじめからそうだ
っ
たのか、いまそうな
っ
たのか覚えていない。鬼は涙を流していた。どうして泣いているのだろうか。
せ
っ
かく綺麗な鱗が取れたのに。
と
っ
ても高く売れるのに。
嬉しくて泣いているのだろうか。
き
っ
と、そうに違いない。
電車が止ま
っ
た。合成音声のアナウンスが終点を告げる。僕は鱗をしま
っ
た袋を持
っ
て立ち上が
っ
た。足元の二人はず
っ
と目を瞑
っ
た。もう死んでしま
っ
ているのかもしれない。
扉が開く。
僕は一人で電車から降りる。駅には人がいない。建物の中のホー
ムからは空も見えなか
っ
た。階段を登
っ
ていく。改札を出た。まだ建物からはでることができていない。外に出るにはどこへ行けばいいのだろうか。
地図の看板の前に立
っ
た。
僕の隣に少年が立
っ
ていた。少年の頭にはツノがはえている。
「そのツノはなに?」
「がんば
っ
た証だよ」
少年が不思議そうに答え、それから問い返してきた。
「君のツノは違うの?」
僕のツノは
……
。答えることができなか
っ
た。
ふいに世界がゆれた。
眼の前が割れた。
僕は繭から出た。
眼の前には人がいた。
僕よりはるかに大きな人だ
っ
た。
人の手には包丁が握られている。
この人は僕たちのツノを取りに来たのだとなぜかわか
っ
た。
「逃げろ!」少年が言
っ
た。
ここはどこだ。
また電車の中にいた。
僕と少年は電車の中を逃げる。
電車はガタンゴトンと走
っ
ている。
外は夕焼けで赤か
っ
た。
人は包丁を持
っ
て僕らを追いかけてくる。
先頭車両。
もう逃げられる場所はない。
戦うしかない?
「どうして逃げるの?」人が言
っ
た。
「僕たちを殺そうとしているから」僕が答えた。
「じ
ゃ
あ、ツノだけならいい?」
「いいわけないだろ!」少年が言
っ
た。
人が考えるようなそぶりをみせる。
僕は思いついて袋から鱗を出した。
「この鱗をあげるから見逃してもらえないかな」
僕はこの鱗の価値をあわてながら説明する。とても綺麗で、とても高いものだと。ツノよりもとてもいいものじ
ゃ
ないかと説明した。
人は言
っ
た。
「鬼のツノは、とてもいい薬になるんだ」
人は続けた。
「綺麗だとか、お金の問題じ
ゃ
ないんだよ」
人は話した。
「だから、その薬で救われる大勢の人たちのために犠牲にな
っ
てほしい。命までは取らない。いいだろ?」
僕と少年は目を見合わせた。
それから二人で、目の前の人に突進した。
なんとか押し倒して暴れて抵抗した。
けれどすぐに引き剥がされた。
少年が鬼に押さえつけられて、片方のツノを切り取られた。
「あと3本」人が言
っ
た。
僕は逃げ出した。ツノを切られた瞬間の少年の目が頭に染み付いている。それでも立ち向かうなんてできなか
っ
た。自分だけでも助かりたいと思
っ
た。
電車の後ろに逃げていく。
一番、後ろの車両に入
っ
た。
大きな繭があ
っ
た。
周りに人はいない。
繭には人の形をした影が二つ浮かんでいた。
電車が止ま
っ
た。
扉が開く。
逃げなくち
ゃ
いけない、でも、この繭の中には高価なものが入
っ
ている。
僕の手にはなぜか包丁が握られていた。
背後の車両をつなぐドアが開いた。
あの人が、少年のツノを取り終えて追
っ
てきたのだ。
「それで刃向かうつもり?」
僕は首を振
っ
た。
「じ
ゃ
あ空いたドアから逃げる?」
僕は泣きながら首を振
っ
た。
「この繭の中には
……
とても高価な、ものが、入
っ
ているんだ
……
」
僕は泣いているせいでうまく声が出せなか
っ
た。
「綺麗な鱗よりもも
っ
と高価なものが入
っ
ているんだ」
「お金の問題じ
ゃ
ないんだよ」人は言
っ
た。
「君はき
っ
とそうなのだろうけれど、僕はこの中の高価なものを持
っ
て帰らなくち
ゃ
いけないんだ、だから
……
」
僕は自分のツノを包丁で切り落とした。
手に載せて、人の前に放り投げた。
「これでいいんだろう?」
人が僕のツノを拾い上げて袋にしま
っ
た。人が電車から降りて去
っ
ていく。
電車の扉がしま
っ
て、走り出した。
窓の外は朝の青空が広が
っ
ていた。
僕の手には血のついた包丁が握られていて、僕の前には繭があ
っ
た。
電車はガタンゴトンと走
っ
ている。
僕は繭に手を添える。ドクンドクンと脈打
っ
ている。
包丁で縦に線をいれた。
繭を力い
っ
ぱい開くと中から翼を持
っ
た人が転がり落ちた。二人は目をあけて僕を睨みつける。
この翼がとても高く売れるんだ。
そのお金があれば、友達を救えるんだ。
僕が二人を殴りつけて翼を剥ぎ取ろうとする。
二人は僕を突き飛ばして、押さえつけきた。
「どうして僕を攻撃するんだ。ツノが欲しいのか? よく見てくれ、僕にはもうツノはないんだ」
「お前がわたしたちを傷つけようとするからだ」
僕は殴られた。何度も殴られた。
「翼をわけてくれるだけでいいんだ。命までは取らない」
「ふざけるな」
「僕の友人の命がかか
っ
ているんだ」
「そんなことは知らない」
わけがわからなか
っ
た。
僕はもう抵抗することもできなか
っ
た。
どうして僕は殺されるのだろうか。
もう、僕の体に価値はないのに。 <了>
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