新人教師
学年主任の教師に勧められ向かいの席へ座る。手元の資料をめくりながらチラチラと視線を送
ってくる彼の態度に軽い嫌悪を覚え、俺は背筋を伸ばしたまま小さくうつむいてテーブルの模様を眺めていた。
「あまり気を張らないでも大丈夫ですよ。生徒は繭みたいなものですから、大切に優しく温めて、彼ら自身が殻を割って飛び立つのを見守って下さい。先生は、ほら、翼を授ける栄養ドリンクみたいなものですから」
自分の冗談に声を上げて笑う学年主任は大袈裟に肩を揺らしながらも、俺の姿を視界に捕らえたままだった。あらゆる所作が俺を値踏みしている。新人の教師に歩み寄っているつもりなのだろうが、壁の向こうから覗いているだけ。
生徒は無垢な繭かもしれないが、学年主任が作る壁は醜悪な繭に似ている。
「分かりました。これからもご指導よろしくお願いします」
大きな声で頭を下げた俺は微笑みを浮かべ繭に籠もった。
卵パック並んだ繭が、この教室の構図だ。一緒にいるようで一緒にいない、お互いに大切なことを隠したまま並べられている。
「先生は依怙贔屓してるの?」
優秀な生徒をたまたま連続して褒めたに過ぎない。それがなぜか理不尽となる。
「してないよ。頑張ったら褒めるし、悪い子としたら先生は怒るよ」
「わたしだって頑張ったのに」
脈拍が加速する。どの生徒も順番に褒めるつもりだった。平等に優しく温めるつもりだった。順番を間違えた? いや、順番を考えたこと自体が間違っているのか?
「ごめんね。でも、この間率先して掃除をしていたのはちゃんと見ていたよ。偉いと思う」
「そうじゃない」
ひび割れた繭の向こうになにかが広がっている。ぼんやりとして形を保てないまま、ゆっくりと確実に俺へと向かってくる。
生徒は泣きながら俺の腹を何度も殴っていた。角のように尖った思いが心に突き刺さる。
繭を壊してしまった。俺は選んではいけなかった。繭の中身が醜態なものだと分かっていたのに、俺は手を伸ばしてしまった。