おっさん神
三沢は神様と呼ばれていた。どんなに忙しくとも人の頼みは断らないし、頼まれてなくとも自発的に町のイベントを手伝う。困
った人がいれば問題が解決するまで必ず寄り添い続ける。もちろん彼のことを悪く言う住民はいない。三沢が町に引っ越してきた当初、面白がって無理難題をふっかけていた人も、やがては罪悪感に負けて彼を尊敬するようになる。
三沢はお礼を必ず受け取る。物であれお金であれ、それが多くても少なくても当たり前のように受け取る。彼の善意には決まった価値がない。助けられた人の評価をそのまま受け入れる。三沢が住む古い木造アパートのポストは賽銭箱のように、子どもが投げ入れた10円や封筒に収められた紙幣などが詰まっていた。
なぜそんなことをするのかと訊いても三沢はニヤニヤ笑うだけで答えない。照れ隠しのように思えるが、本当に理由がないようにも思えた。金持ちの道楽だと考えている住民はいる。しかしヨレヨレの同じ服を着ている痩せた中年男は間違っても金持ちには見えなかった。
ある日、三沢の家に泥棒が入った。ドアノブを壊された開き戸が風に揺れて軋んでいた。近所の住民が気づき声を掛け合い総出で三沢を探した。田んぼで子どもとカエルを捕まえていた彼は、住民の説明を涼しい顔で聞き流していた。派出所へ行こうと勧める声に小さく頭を振る。急いで戻ろうと背中を押すがゆっくりと歩く。糠に釘を打ったような三沢の態度に、住民たちはだんだんと苛立ちを覚えた。なにを考えているのかまったく分からない。突き放す言い方でおばさんが怒鳴った。一緒にいた子どもは腕を引っ張られ三沢から離される。畦に落ちた虫かごからカエルが放り出される。稲にぶつかったカエルはそのまま水面に潜っていった。三沢はその場に屈んでカエルへ手を伸ばした。子どもがいらないと叫び、彼は宙で腕を止めた。
警察に届けることもせず、三沢は壊れたドアを放置したままアパートに住み続けた。住民は彼に願い事をしなくなり、となり町の工場で働き始めた彼は普通の人間になった。
彼の心の空白は盗んだ、住民による神様泥棒の話だ。