てきすとぽい
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第52回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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最期の化粧
(
みお
)
投稿時刻 : 2019.08.18 11:27
字数 : 1000
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最期の化粧
みお
私には足がない。
私には命がない。
私にあるのはただ悲しみだけである。
気がつけば私の体は『そこ』にあ
っ
た。
この場所とは、どこかの寺である。
経の声がぽつぽつ響く抹香臭い寺である。
(にくい、かなしい、さみしい
……
)
夜ともなると私の心は悲しみと絶望に支配され、体は境内をさまよい歩いた。
どうやら私は、幽霊であるようだ。
幽霊とは恨みを残して死んだ人間の成れの果てである。
しかし、私は何も思い出せないのである。
私の姿といえば経帷子をまとう伏し目がちの女である。髪の毛はほつれ、虚ろな瞳にかかる。
美しく、おぞましい姿である。
「悲しいですか」
気がつくと、私の見知らぬ男の霊があ
っ
た。
老いた男の霊である。
「そんなに悲しい顔にさせてしまいましたか」
なぜか男のほうが泣きそうな顔で、私を見つめるのだ。
「これですか」
翌日、気づけば目の前に恰幅のいい男が立
っ
ていた。
彼は葬式帰りなのか、手には数珠、体からは香が匂い、膚には経文が染み付いているようである。
「夜な夜な動き回るとか
……
」
男は無遠慮に私の体を撫で回す。
嫌だ嫌だと震えていた私は、彼の言葉で戸惑うこととなる。
「さすが応挙先生の幽霊画はものが違う」
男の真剣な声を聞いて、私の体に絶望が走
っ
た。
……
なぜ気づかなか
っ
たのか。私は絵である。筆と墨で描かれた一枚の絵である。
悲しみも憎しみも過去も、この身にあるはずもない。
私は、た
っ
た一人の絵師が描いた幽霊の絵であ
っ
た。
「
……
ああ、惜しい人を亡くした」
男の顔に純粋な涙が浮かぶ。それがはたはたと綺麗な畳に落ちていく。
それを見て、私の目からも墨の涙が転がり落ちる。
私を産みおとした創造主は、私を残して逝
っ
たのだ。
「だから、最期の仕上げに参りましたよ」
気がつけば昨夜の老人がまた、私の隣に浮いていた。彼の手には透ける筆。
彼はまるで子を見守る親の瞳で、私の顔に筆を置く。
「貴女に悲しみも憎しみもない。貴女の名前は
……
」
柔らかい筆はまるで優しい指先のように、私の顔を滑る。
温かい墨が、私の顔を作り変えていく。
「魂をこの世に呼び覚ます、反魂絵というのです」
まるで天女のような。と囁いたその声は、私の墨の耳に溶け、墨の心に届く。
私は気がつけば、幸福な心地となり微笑んでいた。
「
……
なんと」
男がふと、目を丸めた。
「まるで微笑んでいるようじ
ゃ
ないか」
彼のその言葉の通り、円山応挙の描いた幽霊は彼の死後、嫋やかな笑みを浮かべるようにな
っ
たのである。
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