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第53回 てきすとぽい杯
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神は隣にいまし、小さき世は事も無し
 投稿時刻 : 2019.10.19 23:34 最終更新 : 2019.10.19 23:44
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神は隣にいまし、小さき世は事も無し
ごんのすけ@小説家になろう


 これは夢だ、と気が付いたのは、自分の体が小さく頼りなくなていたからだた。

『いいかい、お前はこれからこの人間を殺さなければいけないよ』
 しがれた声に、私の体は意思に反してゆくり動く。錆びたブリキよりも緩慢に顔を動かせば、皺皺の手が私の頬を潰すように掴みながら揺さぶて、無理やり顔を上げさせた。
 皺塗れの醜い老婆は、手に持た写真を押し付けるようにして私に見せている。私が顔を逸らそうとすれば、老婆の手に力がこもた。痛い気がした。夢なのに、痛い気がした。
『ちんと見な。こいつだよ、こいつを殺すんだよ』
 泣きたい気持ちで写真を見れば、そこにいたのは黒い枠の中で曖昧に笑ている白黒の私で。
『殺すんだよ。ちんと殺すんだよ。殺すんだよ……
 返事は、と唾のかかる距離で言われて、自由の利かない体は勝手に頷いた。それと同時に、私は吐き捨てるように外に投げ出された。

 手入れのされていない庭に生えるのはトゲトゲと硬い草で、私はそこに尻をつきながら老婆を見上げていた。老婆の背丈は家より大きくて、彼女はおかしな位置にある腰をぐにりと曲げて私を見下ろしている。
『はやく行きな。はやく殺すんだ』
 はやくはやく、と蹴りだされて宙を舞た私は、今度は真暗闇の中にいた。
 手には鋭いナイフがあて、恐れをなして思わず放ればそれは闇の向こうに消え去て、そのすぐ後に私の背中に刺さたようだた。ナイフは私の背中を鞘にしているはずなのに、私の手には、なぜかまたナイフがあた。
 放る。刺さる。手の中にある。その繰り返しを何度も何度も。
 気が付けば、私の背中はナイフだらけになていた。
 俯瞰視点で自分を見ながら、私は『不格好なハリネズミみたいだ』と思たが、『いや、ハリネズミに失礼か』と思い直した。
 だてそうじないか。私の出した針は、全部私を刺して貫いているんだから。
 なんだかおもしろくなて笑たら、今度は私は宙ぶらりんになた。

 慌てたのは、最初だけだた。だて、首に食い込む縄は私の全体重を支えていて、しかし、私の喉の奥底までは食い込むことはないのだ。
 私は笑て笑て、それから泣いた。
 だてきとそういう事なのだ。
 深層心理が、夢を伝て這いあがてきたのだ。そういう事なのだ。

 ああ、まだ私はきと、死にたいのだ。死にたくないのに、死にたいのだ。だからこんな夢を。

 周りを包んでいる暗闇が私の心に入り込んで、心を黒く塗りつぶしていく。
 死んでもいい。未練なんかない。できれば、眠たまま――と思たところで、柔らかな石鹸の香りがあたりに漂ていることに気が付いた。

 良い匂いだた。私の好きな匂い。その香りは私の心をじぶじぶ洗て真白にしてくれたようだた。
『それ、痛くないの』
 優しい声に気が付いて目を開ければ、辺りは自然公園へと姿を変えていた。
『それ……て、どれ』
『それだよ、それ』
 私は背中のナイフの事を言われているのかと思たけれど、どうやら違うようで。目の前に立つ女性は、私の膝を指さしている。
『あれ、いつ切たんだろ』
『もー、鈍感だね。ほら、絆創膏貼てあげるからベンチに座て』
 既視感のある流れに戸惑う私とは裏腹に、私の体はよどみなく言葉を発してはベンチに動く。
『これくらい、ほといても治るよ』
『だめだめ、傷になうよ。ほら、足』
 私は目の前の彼女のつむじを見下ろしてから、空を見上げた。飛び交う鳥たちの声に耳を澄ませて――

 ******

 ――そこで目が覚めた。
 開いているカーテンの向こう、マンシンの最上階から見える空はまだ若い朝の青だた。雀のさえずりとコーヒーメーカーの音が気持ちよくて枕に頬を寄せれば、「あ、起きた」と優しい声が降てきた。
「おはよ」
 夢にも出てきた彼女が、ベドの端に頬杖をついて笑ている。
「おは、よう……
「魘されてたよ」
……、起こしてよ……
 言いながら寝返りを打てば、ベドに染みついた彼女の優しい石鹸の香りが鼻腔を満たす。今、二度寝すればいい夢を見られそうだた。
「ね、何か夢でも見てた」
……あくむ、みてた……
「えー、どんな悪夢」
 私は横目で彼女を見て、それから枕に顔を埋める。
「じさつ、するゆめ……ないふで、せなかをぐさぐさ……それから、くび、つ……
「やだ、やめてよ。そんな夢見ないでよー
 だめだめ、と言いながら彼女は細い指で私の髪をかき混ぜる。温かい。
「そんで、そのあと……
 顔を埋めた枕の中で欠伸を噛み殺す。枕越しにも香てくるコーヒーの匂いに、少し、頭が冴えてきた。
「その後、君がでてきた。昨日の公園の、絆創膏」
「へ
「痛くないの、て」
 私は観念して枕から顔を上げる。そんな私を、彼女は猫のように大きな目で見つめている。
「あ、じあ最終的にはいい夢じない」
「まあ、そう……かな。うん、そうだね」
 そこは断言しなさいよ、とコロコロ笑う彼女から石鹸の良い匂いがする。大好きな匂いだ。

 私はベドから摺り降りて、彼女の腹に抱き着いた。温かい体温と鼓動と、石鹸の匂い。彼女の匂い。私の神様の匂い。
「甘えるね
「だて、最後が良い夢でも前半が悪夢だたことには変わりないんだもの」
 細い指が私の背中を撫でている。とんとん、とゆくりリズムを刻んでいる。
 彼女の胎にでも入りこんだ気持ちになりながら、私はぽつりと呟いた。
「あのね」
「うん」
「夢の中でも、こちでも」
「うん」
「助けてくれて、ありがとね」
「気にしなさんな」というのんびりした声を聞きながら、私はゆたりと柔らかな溜め息を吐いて、静かに目を閉じた。
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