第53回 てきすとぽい杯
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げんだいのやまい
投稿時刻 : 2019.10.19 23:42
字数 : 2499
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げんだいのやまい
住谷 ねこ


 取調室は殺風景で窓に鉄の格子があって
四畳半くらいの部屋のまん真ん中に事務机があって
椅子が向かい合わせに置いてある。
向かいに座ったくたびれたスーツの刑事さんは
脅すように「おまえがやったんだな」っていう。

私は、その刑事のもっと向こうで後ろ向きにすわり
背中をすべて耳にしている書記官をぼんやりとみつめて黙っている。

というのを想像しながら、実際は駅の近くの交番で
名前や住所を聞かれ、何があったのかと尋ねられていた。

交番というのは思いのほか人が来るものなのだなと初めて知った。
道を聞きに、落とし物を届けに、あるいは落とし物を探しに
隣の犬が吠えてうるさいというおじいさんも来た。
ひっきりなしに人が来て、電話も鳴ってざわざわする中で
まだ、若いおまわりさんが私の話を漏らさずメモしようと構えていた。

「で、向後さん。いったいなにがあったんです?詳しく話してください」

「……」

「駅の改札を出て商店街とは反対方向に歩きだしたんですよね?
あの途中から細くなる道ですよね?」

「……」

「向後さんの前には、高齢のご婦人が歩いていた。そうですね?」

「……」

「向後さんがね、突き飛ばすところを見ていた人がいるんですよ。気が付いてましたか?」
「その方はね、学校帰りの中学生なんですけどね。向後さんが突き飛ばしたと言っているんです」

「突き飛ばしてません」

「本当に?」

「突き飛ばしてません。その中学生をここへ呼んでください」 

そのあとは、何を言われても下を向いて黙っていた。

……そうか。私の後ろに人がいたのか。
そうか。でもいたかもしれないな。
それで、いてもいいと思ったような気もするな。

その日は、朝から気分が悪かった。
寝不足のせいかもしれないし、風邪の引き始めかもしれない急に寒くなったから。
バイト先の店で品出しをしている時に急にむせて咳が止まらなくなっていたら
「きたねーなっマスクするなりしろよ」とマネージャーに怒鳴られて
あやまってもねちねちと嫌味を言われ、最後には「もういいから、帰れ」と言われたのだった。
いつもよりずっと早い時間の電車は空いていて陽があたって暖かくうとうとしていた。
そして駅についての帰り道、少し背中のまがったおばあさんが小さなスーパーの袋をぶら下げて
左右に揺れながら、のろのろと歩いていたのだ。

すぐに追いついて二歩三歩、歩いては立ち止まるを繰り返しながら
このままいくと道は細くなり人ひとりが通れるくらいの幅になる。
そうしたらほんの数十メートルではあるけれど細い道の出口まで抜くこともできず
このおばあさんの後ろを一緒にのろのろと歩くしかなくなってしまう。

いつもの道だから何をいまさらであるし、これまでだってそんなことはあったはずなのに
どうしていなしていたかも思い出せず、またそれは耐え難いことに思えた。

まだ少し道幅に余裕のある今のうちに抜いてしまおうと歩く速度を速めるが
ゆらゆらと左右に揺れながらじぐざぐと動くおばあさんをなかなか抜くことができない。
まるでわざとのように私が右側から行こうとすると右に傾いてきて
左から行こうとすれば左に傾いてきて何度も詰まった。

それを何度か繰り返すうちに、もう抜くことのできない幅になってしまったのだった。
そのあとはもう、諦めてゆっくり行くか、駅の方に戻って買い物を済ませてもいい。
なのに腹の底から怒りがわいてきた。

何の怒りだかわからないけど、とくにかくものすごくイライラした。
こんなほんの1分もかからずに通り抜けていけるこの道をのろのろとしか歩けないこの老女が
この世のごみのように思えた。
なんの価値もない、ごみのような存在。
そんなものに、私の時間が止まるなんて。

私は具合が悪いのに、嫌味を言われながらも早退して早く帰って家でゆっくりしたいのに
いらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいら。

「あぁあああああぁぁぁぁぁぁぁ。ぃたぁぁぁぁぁぁ。。。。い。ぁぁぁぁ」

悲鳴のような泣き声のような声に我に返えると、おばあさんは私の前で不自然に体をねじって倒れ、うめいていた。

「大丈夫ですか?」
「どこが痛いですか?」
「たてますか?」

「ごめんなさい」
「すみません」

いろいろ言うべき言葉はあるように思ったが、私はただ立っていた。
おばあさんの持っていた袋はさらに前の方に吹っ飛んで中から梨が一つ転がり出ていた。

梨一つ買いに出てきたのか。
そんな、まともに歩けないくせに。
そんなものひとつのために私のゆく道をふさいだのか。
ごみのくせに。

向かい側から来たどこかの主婦が驚いて駆け寄り私の頭の中でぐるぐる回っていたセリフを
次から次と音にして、携帯で救急車を呼んだ。

「大丈夫ですか?」「どうしました?」「痛いんですか?」「転んだんですか?」

地べたに顔を付けたまま手をかけると痛がる老女を起こそうと主婦は奮闘していた。
「あなた、そこのあなた、ちょっと起こすの手伝って」

そういっても動こうとしない私を非難がましく睨みつけた。

そして気が付けば交番にいたのだ。
私は捕まったのか、そして取調室で何時間も何時間もお前がやったんだなと責められ
逮捕されて、刑務所に入れられて、それからそれから。

老女はその後到着した救急車で病院にいき、右大腿骨と右肩を骨折していることがわかった。
ただつったっていた私のかわりに中学生がその主婦に手を貸した。
そして近くの交番から駆け付けたおまわりさんに「この人が突き飛ばしました」と証言したらしい。

「あのおばあさんね。全治一か月の重症ですよ」

「突き飛ばしてません」

突き飛ばしたという中学生と、突き飛ばしていないという私と、どちらかが嘘をついていることになる。

もちろん私が嘘をついているんだけど。
おばあさんは、何が起きたかよくわかっていないらしいから
私が突き飛ばした証拠はなにもない。
その中学生の証言以外何もない。

だから嘘を突き通すことにした。

私は何度でも繰り返した。「突き飛ばしてません」

何十回も言っているうちに本当に突き飛ばしていない気持ちになってくる。
「突き飛ばしてません」
「突き飛ばしてません」

わ・た・し・は・つ・き・と・ば・し・て・ま・せ・ん

神に誓って。

(了)
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