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第53回 てきすとぽい杯
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よろしく、神様
 投稿時刻 : 2019.10.19 23:31
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よろしく、神様
ra-san(ラーさん)


 半年。
 それが私の余命だた。

……大丈夫?」
「愛しているよ」

 手を握る妻にそう言てうなずく病床の私を、彼女は不安げな瞳で見ていることしかできなかた。

「キミの方が疲れて見えるよ。大丈夫。今日はゆくりおやすみ」

 そう慰めて、妻を家に帰す。笑顔を絶やさず、彼女が部屋を出るまで見送る。そしてその姿が見えなくなた後に、私は息を漏らして呟くのだた。

……大丈夫、か」

 ホスピスに移て、ぼんやりと窓の外の景色を見ている。雲が流れている。私の余命とともに。
 さした人生を送た訳ではなかた。大学を出て就職し、結婚をして子供を育て、それも一段落ついた頃に癌になり、そして余命宣告である。安手のドラマによくあるテンプレートな人生だた。
 他人と比較すれば、それなりに幸せな人生であたとは思う。仕事には真摯に取り組み、周囲の信頼を集めて頼られる存在になていた。妻を愛し、浮気などしようとも思わなかた。家事や子育てにも積極的に関与し、子供たちからも愛され、家庭内は常に円満であた。もちろん犯罪などひとつも犯さず、酒やタバコとも縁のない真面目な人生を送た。この世に神様がいるのなら、必ずやその審判は天国への階段を示すだろう。
 それなのにどうして。

「こんなにも満ち足りないのだろう」

 神様についてなんて、こうなるまでたいして考えたこともなかたが、神様の望むような人生を送た私の心は、どうしてこんなにも空虚な悲しみを抱えているのだろう。

「何が欠けているんだろうな……

 雲は流れて薄く千切れた。それを見て、ふと思い立て外へ出た。
 抗癌剤をやめ、副作用から解放されて一時的に動けるようになた私の体は、外の空気を懐かしむように浴びる。
 私はホスピスの近くのコンビニへ向かた。

「二十五番を下さい。あとライター

 タバコを買う。
 人気のない場所で一本咥え、火を点ける。
 そして――吸う。

……ゲホ、ゲホ

 むせた。

「こういうものなのか……

 赤々と点るタバコの火と、くゆる紫煙を眺めながら、私はこれで少し天国行きが遠ざかたかな、と思た。

「よろしく、神様」

 紫煙は流れて薄く千切れた。
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