てきすとぽい
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第56回 てきすとぽい杯
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おかえりはいらない
(
小伏史央
)
投稿時刻 : 2020.04.18 23:45
最終更新 : 2020.04.19 00:30
字数 : 1408
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2020/04/19 00:30:05
-
2020/04/18 23:46:02
-
2020/04/18 23:45:11
おかえりはいらない
小伏史央
あの決断は一年後のことだ
っ
たのか二年後のことだ
っ
たのか、はたまた十年後のことだ
っ
たのか。今とな
っ
ては思い出せない。
彼に出会
っ
た日は雨が降
っ
ていた。家なしのあなたは屋根付きの商店街に入
っ
て、下ろされたシ
ャ
ッ
ター
の前で膝を抱えていた。
暗黒の時代だ
っ
た。商店街の店はすべてが閉ま
っ
ていた。果たしてそのうちの何軒のシ
ャ
ッ
ター
が、再び開く未来を迎えられるのか。
街には家を失
っ
た人であふれていた。しかしその商店街には見渡す限りあなたのほかに人はいなか
っ
た。みんな、雨に流されてしま
っ
たのだろうか。
脚をさする。薄手の服では寒か
っ
た。ただ唯一、リ
ュ
ッ
クサ
ッ
クがひ
っ
ついている背中だけが温かい。
全財産を背負
っ
たまま、それを押しつぶすように背中をシ
ャ
ッ
ター
に預ける。
「そこのきみ」
どれだけ時間が経
っ
たのだろうか。顔を上げると、目の前に見知らぬ男が立
っ
ていた。咄嗟に背中の感触に違和感を覚える。背負
っ
ていたはずのリ
ュ
ッ
クがなく、背中はす
っ
かり冷えていた。
盗られたんだ。慌てて立ち上が
っ
た。
「返して」
男に詰め寄り、その両手を目で探る。しかし彼は手ぶらだ
っ
た。足元にも何も置いていない。周囲のどこを見渡しても、商店街は天風が吹くだけの無人地帯のままだ
っ
た。
「家なしかい」
男が聞いてくる。
改めて見ると、男が物取りでないことは明白だ
っ
た。地味だが決してみすぼらしくないコー
ト、仕立ての良いスー
ツ、ちらりと覗く腕時計。そのどれもがこの時代とは似ても似つかなか
っ
た。
「リ
ュ
ッ
クを盗られたの」
「よくあることだ」
「ち
ゃ
んと背負
っ
ていたのに」
「ベルトを切られでもしたのだろう」
冷静な口調で言い返してくる。
リ
ュ
ッ
クを取り返すのが難しいとわか
っ
てくると、だんだんこの男に怒りが湧いた。偉そうに言い返してくる、この男が何者だというのだろう。金のある者はない者に自由に話しかけていいという法でもあるのだろうか。
「誰?」
だからあなたは、そう聞いた。
「ただの通りがかりだ。家に帰る途中でね」
「家があるんだ」
言いながら、身なりを見れば当然だ、とも思う。
しかし男は、首を振
っ
た。
「ここにはない。だから帰るんだ」
「帰る?」
男は片腕を軽く上げた。裾から軽く腕が伸び、腕時計が露わになる。男はその盤面をあなたに示した。
「通りがかりのよしみだ。きみも家に帰るかい?」
時計の針は、逆向きに回
っ
ていた。
「未来に嫌気が差してしま
っ
てね」
それから彼とは行動を共にするようにな
っ
た。彼と一緒にいると、明日は昨日にな
っ
た。周辺の人はまるで変わらないように動いているように見えるのに、世界と二人の時間の向きはま
っ
たくの逆向きだ
っ
た。秒針が一秒戻ると、世の中の時間は一秒進んでいるのに、あなたちにと
っ
ては一秒戻
っ
ていた。
そうしているうちに、一年前になり、二年前になり、五年前にな
っ
た。
五年前にもなると、若いあなたにと
っ
て実家に住んでいる頃にな
っ
た。家に帰
っ
たのだ。
「きみとの逃避行もここまでかな」
しかし、果たして五年前の家がある時期に帰
っ
たからとい
っ
て、未来が変わるわけではない。このあとうちは貧困にあえぎ、ひどい家庭不和に陥り、破綻した。
「も
っ
と過去へと帰りたい。わたしの知らないくらいに、ず
っ
と昔へと」
それからどれほど経
っ
たのか。
あなたは自分の親が生まれるより前の時代にまで来ていた。生まれる前の時代に当然あなたはいなか
っ
た。
姿かたちをなくしたあなたは、わたしは? それでも未来には帰りたくないまま前へと進んでいる。
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