てきすとぽい
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第58回 てきすとぽい杯〈夏の特別編・後編〉
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四葉のクローバー ~10年~
(
住谷 ねこ
)
投稿時刻 : 2020.08.23 15:22
字数 : 1864
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四葉のクローバー ~10年~
住谷 ねこ
「許す」
もし、そう言
っ
ていたなら、何か変わ
っ
たろうか。
「許す」
もし、そう言
っ
ていたなら、今ここに座
っ
ているのはチカち
ゃ
んだ
っ
たのではないか。
「許す」
もし、そう言
っ
ていたなら、プレゼントを選ぶのに付き合
っ
てほしいと相談を受けたのは
チカち
ゃ
んだ
っ
たのではないか。
「許す」
もし、そう言
っ
ていたなら
今日、真
っ
白なドレスで智樹の横で
はにかんでいたのはチカち
ゃ
んではなく。
チカち
ゃ
んではなく。
チカち
ゃ
んではなく。
「永遠の愛を誓いますか」と言う問いに
「誓います」と答え
智樹の普段少しぶ
っ
きらぼうな手が
これ以上ないくらい繊細にチカち
ゃ
んの指にリングをはめた。
**
卒業後は紗季もチカち
ゃ
んも智樹もたいていの生徒はそのまま
公立の中学に進み、小学校の延長のような顔ぶれだ
っ
た。
ただ違
っ
たのは男子が急に女子に優しくな
っ
たことだ
っ
た。
意地悪を言
っ
たり、からか
っ
たり、ものを隠したり
気を引くためにしていた不器用な愛情表現は影を潜め
優しさをにじませたストレー
トな好意に変わ
っ
た。
そんなことも気が付かないで廊下で会うたびに
「よお、紗季 また背が伸びたな。俺を抜くなよ」
「うるさい」と怒
っ
たふりでじ
ゃ
れることを仲がいいと錯覚し
智樹は自分に気があるんじ
ゃ
ないかと勘違いをし
本当に好きな子にはおいそれと口がきけなくなるものなのだと
気が付いた時には智樹から相談を受けていた。
「あのさ、何を買えばいいかな」
まだ残暑の残る2学期が始ま
っ
てすぐの放課後
智樹が後ろから走
っ
てきて唐突に話しかけてくる。
「なにが?」
本当は一緒に帰れて嬉しか
っ
たのに
照れて紗季の返事は少しつ
っ
けんどんだ。
「えー
と。あのさ」
「だからなに?」
「プレゼント」
「え?」
「誕生日プレゼントさ、なにがいいかな」
「なに
っ
て
……
」 急な申し出に紗季はしどろもどろだ。
て
っ
きり自分だと思
っ
たのだ。10/
10
でも次の瞬間ま
っ
くろな穴に落ちていく気持ちにな
っ
た。
「チカ、10/
15だよな。 な?」
チカの誕生日。
いつもニコニコしていて優しくて
小柄でき
ゃ
し
ゃ
で
ち
ょ
っ
と気が強くて、友達が困らされていると聞けば
素行の悪そうな上級生にだ
っ
て食
っ
て掛かるような
友達想いでいつもず
っ
と、小学校の時から
「紗季は私の一番よ」そう言
っ
てくれるチカの誕生日。
「智樹
……
チカのこと
……
」
好きなの?とは言えなか
っ
た。
喉が詰ま
っ
て顔が熱くな
っ
て声がでない。
「ば
っ
」 ばかやろー
、ちがうよ そうい
っ
て否定すると思
っ
た智樹は
「まあ、紗季にはいいか。紗季には言うよ」
「
……
」
「実は、うん。まあ、だからさ、協力してくれよ」
「
……
」
「あ、お前も好きな奴いるなら言えよ。俺も全力で協力するよ」
クロー
バー
の栞をまだ持
っ
ていた。
チカち
ゃ
んがくれた、小さくて丁寧に作られた栞の代わりに
画用紙に乱暴に張られた大きな四つ葉のクロー
バー
は
チカち
ゃ
んがこんなの違う
っ
と言
っ
て振り回した時に一枚剥がれて
ただのクロー
バー
にな
っ
た。
「や
っ
ぱ、あれだろ? なんかネ
ッ
クレスとかそういうのがいいのかな」
それはチカち
ゃ
んにもら
っ
たよりも大切なお守りにな
っ
た。
あの時、大きな四つ葉のクロー
バー
を探していた智樹は
……
画用紙に不器用な手で四つ葉のクロー
バー
を張り付けた智樹は
……
少しは紗季のことを思
っ
てくれていた?
「智樹、チカの誕生日なんて知
っ
てたんだ」
「うん。まあ
……
ね。 あ? お前いつだ
っ
け?」
「あれ? あれ? なんか知
っ
てた気がするけど。ごめん」
「いいよそんなの」
もう忘れたんだ。
紗季の誕生日、ず
っ
とず
っ
と体育の日生まれなんて
お転婆のデカ女にはぴ
っ
たりだと、毎年からか
っ
ていたくせに。
涙を我慢するのはず
っ
と得意だ。
一度だけ泣いた、あの栞をだめにされたあの時。
あの時だ
っ
て、栞のせいで泣いたんじ
ゃ
ない。
一番言われたくない人に一番言われたくない事を言われたからだ。
「重てー
。お前 また体重増えただろ」
あれより悲しいことなんてないから
涙なんて我慢するのは簡単だ。
それ以来、紗季は智樹の優秀なアドバイザー
だ。
ず
っ
とず
っ
ともう10年もず
っ
と。
智樹とチカち
ゃ
んがいつまでも幸せであ
っ
てほしいと思う。
ただときどき、本当にときどき。
「許す」と言
っ
ていたら
……
と思うだけだ。
だけど。本当は知
っ
ていた。
**
わー
っ
と大きな歓声が上が
っ
て顔を上げるとブー
ケが一直線に紗季に向か
っ
て飛んできた。
あわてて両手で受け止める。
紗季が受け取
っ
たのを知るとチカち
ゃ
んが本当にうれしそうに笑
っ
て
大きく手を振る。
あー
。そうだね。「許す」と言
っ
ても何も変わらなか
っ
たろうな。
紗季は少し泣きそうになりながらそれでも涙は見せずに
大きく手を振り返した。
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