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第13回 文藝マガジン文戯杯「結晶」
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夢のあと
(
住谷 ねこ
)
投稿時刻 : 2020.11.11 16:34
最終更新 : 2020.11.11 18:02
字数 : 3634
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更新履歴
-
2020/11/11 18:02:30
-
2020/11/11 16:34:39
夢のあと
住谷 ねこ
中くらいの大きさのマンシ
ョ
ンの五階。
なにもない部屋の真ん中であなたと彼は向かい合い
真ん中には何やら用紙らしきものとボー
ルペンが一本。
あなたは言う。
「じ
ゃ
ー
、私のとこはもう書いたから、こ
っ
ちかわ、あなたが書いて」
そうい
っ
て彼の方に用紙を向ける。
彼は黙
っ
てボー
ルペンを取り、まず日付を入れる。
「平成?」
「あ、そこは令和
っ
て直していいんだ
っ
て」
「ふー
ん」
令和二年十月
……
「婚姻届書いてないのに離婚届だ
っ
て
ぇ
」くすくすくす。
あなたが笑う。
「ああ。そうだ
っ
けか?」
「そうだよ。新婚旅行に行
っ
てる間にお義父さんが手続き済ませてたじ
ゃ
ん」
「そうか」
「なんかさ。えええ
っ
て思
っ
た。もう出した
っ
て聞いたとき」
「ふー
ん」
「そんなことできるの?そんなのできたらみんな勝手に結婚しち
ゃ
うじ
ゃ
ん」
「ふー
ん」
「ストー
カー
とか
……
」
「普通はないよな。親父だから受理されたんだろ」
彼の父親は、その町の助役で仕事場は役場だ。
そんなの出すのは簡単だ。持
っ
て行
っ
て「これ、うちの下の奴のだから頼むわ」
とか何とか言
っ
て係に渡す。
係の人は「ああ。それはおめでとうございます」とか何とか言
っ
て受け取るだけだ。
「誰が書いたのかな」
「親父だろ」
「筆跡が同じでもいいのかな」
「君の分はお袋が書いたのかもな」
「変なの」
……
あなたの言葉に少し尖
っ
たものが混じる。
「そうする
っ
て聞いてた?」
「聞いてた
っ
て?」
「だからさ。婚姻届、書いて出しとくからな とかさ」
彼は少し考える風に天井を見上げ、また用紙に目を戻す。
新婚旅行から戻
っ
てすぐ、お土産を持
っ
て彼の自宅を訪ねた時
お酒で赤くな
っ
た顔をぐい
っ
とあなたに近づけて
「婚姻届は式の後、すぐ出しといたからな」そう言
っ
てお義父さんは笑
っ
た。
あなたは驚いたが、お義母さんも、彼も彼の兄夫婦も誰も
不思議に思
っ
ていないようだ
っ
た。
「いや、どうだ
っ
たかな、五年も前だからな。覚えてないよ」
あなたは立ち上が
っ
て掃き出し窓のサ
ッ
シを開ける。
ザー
。ガー
。ぶ
ぉ
ろろろ。 遠く近く。町の音がする。
「あ」 と彼が。
振り向いたあなたからも「あ」と声が漏れる。
名前を書いていたボー
ルペンの先が用紙に穴を開けていた。
よく見ると他の字の線もガタガタだ。
「なんで下に何か敷いて書かないのよ」
「だ
っ
て何もないだろう」
そうい
っ
て見回す部屋には確かにもう何もない。
それぞれの引
っ
越しはもう、とうに終わ
っ
ていて
あなたも彼も一旦、実家に戻
っ
ていた。
今日は二か月ぶり位にここで待ち合わせをしたのだ。
管理会社には今月末に退去と知らせてある。
「あー
、こんなとこに傷が
……
」
床に少し深くえぐれた跡があ
っ
てそこにボー
ルペンが突
っ
かか
っ
たのだ。
「これ、ノー
トパソコン落とした時の傷じ
ゃ
ない?」
「え?ここはソフ
ァ
があ
っ
た場所だよ」
「ノー
トパソコンも壊れたよね、確か」
「高さがあまりないし、ラグも敷いてただろ」
あなたは彼の話を聞いてない。
彼もあなたの話を聞いてない。
なのに最後はなんとなくつじつまの合う話になる。
「敷金、戻
っ
てくるかな」傷を撫でながらクロスも端
っ
こが剥がれていることに気が付く。
「どうかな」
戻
っ
てくるお金はあなたが受け取ることにな
っ
ていた。
「最悪、持ち出し
っ
てことはないだろ。結構きれいに使
っ
てたし」
「持ち出し? そんなの困る。そんなの払えない」
「そしたら連絡して、俺、払うから」
当り前よ。という言葉は飲み込んであなたは言う。
「でも、敷金も当てにしてるのに全然戻
っ
てこなか
っ
たら
……
」
「足りなか
っ
たら言えよ」
「うん。でも。なんか」
「なんか?」
「なんか、悪い」
彼は急に大笑いを始める。
わ
っ
は
っ
は
っ
は
っ
は
っ
は
っ
は
っ
「悪い?」ひあ
っ
は
っ
は
っ
は
っ
は
っ
は
っ
は
「なによ。なんで笑うのよ」
「いや
ぁ
は
っ
は
っ
は
っ
は
っ
」悪いなんて思
っ
てないだろうと彼は思う。
く
っ
く
っ
く
っ
く
っ
なかなか笑いやまない彼をあなたはぼんやりと見ている。
彼は困
っ
たような怒
っ
たような泣きそうなあなたの顔を見て
急に真顔にな
っ
て言う。
「もう、他人なんだなー
。な
っ
?」
「なにそれ」
「寂しか
っ
たか?」
「なによ」
彼とあなたの五年間が
籍を入れる前からの出会
っ
てからの七年間が
楽しいことも。悲しいことも。悔しいことも。つらいことも。
突風のように一気に吹き付けてきて息が詰ま
っ
た。
彼の寂しか
っ
たか?と言う問いにうまく答えられない気がした。
たぶん寂しか
っ
た。最初。 と思う。
一人に慣れていなか
っ
たし
この町は小さくて、何もなくて、知り合いもいなくて、あなたの頼りは彼だけだ
っ
たから。
お義母さんは優しか
っ
たし
お義父さんも優しか
っ
たし
誰もあなたにひどいことをしたり言
っ
たりはしなか
っ
たけど
寂しか
っ
た。 と思う。
だ
っ
て あなたが何もしなくても、みんなが先回りしてや
っ
てくれるから
だ
っ
て ほら、婚姻届も旅行から帰
っ
たらすでに手続き済で
だ
っ
て ほら、家の中も旅行から帰
っ
たらすぐ使えるようになにもかも整
っ
ていた。
ダイニングテー
ブルも冷蔵庫もレンジも。
食器もフライパンもお風呂の桶やシ
ャ
ンプー
も。
おふとんも。
おふとんなんて。
全部、洋室なのにおふとん。
自分たちで選びたか
っ
た。
休みの度に少し大きな街に出て、二人で気に入
っ
たものを選んで
少しづつ部屋を居心地よくしていくものだと思
っ
ていた。
彼の仕事は週に二回くらい夜勤があ
っ
て朝まで帰
っ
てこなか
っ
たし
彼の地元だから、結婚して戻
っ
てきた彼には町に残
っ
ていた同級生たちの
誘いが毎日のようにあ
っ
て、あなたは彼がお酒に酔
っ
てグダグダになるところを初めて見た。
何を言
っ
てもへらへらと笑う彼に、心底絶望したりした。
そんなふうなあちこちに散らば
っ
ている寂しい粒はどんどん降り積も
っ
て
集ま
っ
てみ