花が足りないほどの
二〇〇四年 ○月×日
学校で、いつかやりたいことはなにかと聞かれた。ぼくは飛行機に乗りたいと言
った。飛行機に乗って何をしたいかを聞かれたので、ずっと遠くにいる母に会いに行きたいと言った。いつか叶うといいね、と言い、先生は笑った。
二〇〇七年 ○月×日
一週間前のこと、飛行機を見たいと思い、友達と空軍基地の近くまでいった。もちろん、知られないように、遠くから見ていた。少し離れた林の中から見ていればバレないだろうと思っていた。
思ったとおり、遠くから見ている分には平気だった。けれど、友達がもっと近づこうと言い、ぼくもおもしろくてついていったのが……いけなかった。坂道で躓き、転がっていった途中で尖った何かの部品が目に刺さってしまった。助けを求めて基地にいき、止血をしてもらい、それから専門医のいる街の病院までいったけれど、もう目はダメだと言われた。
目が見えないことはとても具合が悪い。左側が見えない。勝手のわかるはずの家でもものにすぐにぶつかる。街に行くのも怖い。
二〇一八年 ○月×日
幼い頃に考えていた夢はパイロットだったけれど、今日、ぼくは花畑に就職口を見つけた。母が花をとても愛していたからだ。しかし、さて、何の花が好きだっただろう。思い出に残る母の姿はいつも花を手にしているけれど、よく覚えていない。これから花を育てていくうちに、もしかしたら思い出すかもしれない。
二〇二〇年 ○月×日
今日、初めて本当の恋というものをした。花畑を見学に来た人たちがいて、そのなかにあの人を見つけた。これまでだって、女の子を見るときには少し意識して相手を見ていたけれど、これはもうそういう気持ちではなかった。あの人が手にしていたバラは、毎日目にしているものよりずっと輝いていた。
あの人を思うとともに、あの人に似合う花を贈りたいと思った。
二〇二二年 ○月×日
今日は結婚して二年の記念日。
しかし、今日は世界が経験する最悪の日になってしまった。
突然のことだった。私は畑で水やりをしていたところだったが、同僚が大声を上げて駆けつけてきて、戦争が始まったと告げた。まさかと思ったが本当だった。隣国が攻めてきたのだ。
敵は陸と空から攻めてきて、北の地区を焼いたらしい。私たちのいるところまでは遠いものの、もし戦渦が広がれば……いや、戦禍は広まるに決まっている。「ここまで敵は来ない」などと甘いことは言っていられない。力で不利な我が国が音を上げるまで、あらゆるものも、人も、傷つけ続けるだろう。
二〇二二年 ○月×日
戦渦に巻き込まれたところをはじめとして、多くの人が国を出ていく決意をしている。私たちもどうするか考えている。けれど、妻はどうも乗り気ではないようだ。花畑が気になっているのか、と聞くと、そうではない、とは言うものの、はっきりとした理由は言わない。もちろん、花に一生は捧げたいと私も思っているが、その一生を今、失うつもりはない。
なんとかs。今、ラジオからすべての国境で男の出入りが禁止されたと聞こえてきた。選択肢はないようだ。
二〇二二年 ○月×日
目に障害を持つ私と妻ならば他国へ行けるかと思ったけれど、そうはいかなかった。見える目があるのなら見続けるのが役目ではないかと、追い返された。だったら、と妻も残ることを決意した。ならば……仕方ない。
二〇二二年 ○月×日
花畑の農民に何ができるかというと、何でもできる。すでに侵攻はこの街の北にまで近づいている。まだ見渡せる郊外で相手を叩いているところだが、砲弾は町を破壊しつつあり、犠牲者も多い。空軍ががんばっているものの、相手も戦闘機を飛ばしてくるので味方は少なくなる。戦況は国内各地に広がり、あまりよくない。
二〇二二年 ○月×日
敵は建物をあちこち破壊して人をいぶり出してくる。市街戦……ではないかもしれない。殲滅する気かもしれない。
しばらく前から死者が増えていた。妻は死者を弔うため、花を農場から持ってきている。育ちすぎた花も多くなり、あまりいいものは残っていないが、彼女が供えた花に遺族は感謝をしている。
しかし今日、彼女はもう供えるための花がないと言った。
死者が多すぎて供える花が足りないのだと。
二〇二二年 ○月×日
花はついになくなり、もう枯れていくばかりになった。
早く戦いが終わることを祈っている。
でなければ、すべてが散ってしまう。早く、早く……。