第8回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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世界遺産シリーズ2 人間ポンプ、長城をゆく
投稿時刻 : 2013.08.18 14:01
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世界遺産シリーズ2 人間ポンプ、長城をゆく
伝説の企画屋しゃん


 源吉の目の前には、ふたつの壁がうねりながら延々と伸びていた。
 壁と壁の間が道であり、多くの観光客が歩いている。
 思たよりも急な坂道だた。
 齢八十を迎える源吉には、一歩進むのも、ぬかるに足を取られたような重たさだ。

 万里の長城を制覇する。
 源吉はふとそう思い立ち、中国へとやて来た。
 無論きかけはある。
 息子の隆一の羽振りがいい。
 風の噂では、金魚すくいのアプリとやらで一山当てたという。
 些細な衝突がもとで袂を分かているので、詳しいことは分からない。
 が、無性に腹が立つ。
 そもそも、金魚すくいのアプリとは何なのか。
 自分も世田谷食品からグルコサミンのアプリを取り寄せているが、アプリは飲むものであて、すくうものではない。
 ましてや、金魚などとは、自分への当てつけとしか思えない。

 源吉はかつて、日本では知らぬ者のいないほどの有名人だた。
 金魚を飲み込み、また吐きだす一発芸で一世を風靡し、人間ポンプと話題になた。
 テレビにも出たし、毎日イベントに呼ばれ、全国を駆け回た。
 が、それも束の間。
 今では、ただの老いぼれだ。
 なまじ身体が丈夫なだけに、棺桶に入るタイミングを逸している自分が恨めしい。

 それでも、源吉にとての誇りは人間ポンプしかない。
 ただ問題なのは、朽ちつつある自分の体力だ。
 果たして、再び金魚を吐きだすことができるのか。
 息子の噂を耳にした時、源吉は己に問い掛けた。
 きと無理だ、金魚はおそらく俺の夕飯になてしまうにちがいない。

 人間ポンプの源吉。
 あくまでそう呼ばれつつ、この世を去りたかた。
 万里の長城を訪れたのには、それを確かめる目的がある。
 月からも見えるこの建造物を、端から端まで歩き倒す。
 それができれば心肺機能が高められ、無駄に金魚を殺すこともないだろう。

 そうして源吉は来る日も来る日も、長城を歩きつづけた。
 足にはマメができ、景観を愛でる余裕さえない。
 いい加減、日本に帰ろうか。
 そう思た矢先、源吉は壁に穴を見つけた。
 覗いてみれば、中は大岩がそびえる密林で、浅黒い肌の男が一人いる。
 男は、かつて父を殺した狂気の王。
 その出来事が、男を蝕みつづけている。
 疲労から来る幻覚のようだたが、源吉は不思議と男が深く嘆いていることを知た。

 あいつも、胸に溜め込んでいるものがあるのだろう。
 人間ポンプの息子の癖に、吐きだすのが下手ではシレにならない。
 苦笑いをし、来た道を戻る。
 振り返ると、穴はきれいに消えていた。
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