錆色の女
喉を切り裂かれた標的の手が空しく宙を掴み、前のめりに倒れていく。地面に倒れたそれの首元に手を当てて脈がないのを確かめた。死んでいる。
指先についた血を髪に擦り付けた。髪の錆色をさらに深い色にするために。いつから始めたのか分からない、それは彼女の癖だ
った。
夜更けの通りに今は誰の姿もないが、巡回の兵士がいつやって来るか知れない。それに、吐く息が白くなる夜だ。さっさと家に帰って、温かい寝台に潜り込みたかった。
○
「おかえり」
家に帰ると、蝋燭の小さな炎と、男の声が出迎えた。
「ただいま」
こんな夜中になっても男が起きて待っていたのが嬉しくて、飛びつくように広い背中を抱きしめた。慣れ親しんだ暖かさが心地よい。
「うまくいったか?」
「当たり前でしょ。誰が、あたしを育てたと思っているの?」
彼女の顔をのぞき込む髭面に唇を尖らせる。男は忍び笑いすると、よくやったと言って、彼女の小さな唇に自分のそれを押し当てた。
「――また一段と染まったな」
おもむろに唇を離し、男が錆色の髪を一房すくう。
男と出会った時、この髪は銀色に輝いていた。だけど他人に血を流させているうちに染まり、錆色になっていった。白銀の髪の方が良かっただろうと男は時々惜しむように言うが、彼女はこの色が好きだった。
男に教え込まれた技で誰かの皮膚を裂き、流れた血でこの色になったのならそれで構わない。彼女の何もかもを、男によって染め変えられるのは、身も心も彼のものになれたようで本望ですらある。
「もっと深い色にしてよ」
今度は彼女の方から、ねだるように唇を合わせる。
朝までは遠く、口付けだけではまだ寒かった。