てきすとぽい
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第12回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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宇宙・この劇的なるもの
(
小伏史央
)
投稿時刻 : 2013.12.14 23:44
字数 : 2846
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宇宙・この劇的なるもの
小伏史央
大きな夢を持
っ
ていたんだ。腕がはちきれそうなほどに、大きな夢を。
それでもぼくは、頑張
っ
て持
っ
ていたんだよ。肩にちからを込めて、足をふんば
っ
て。
夢を持
っ
ていたんだ。
ぼくの目の前にいるぼくは、とてもぼくに似ているけれど、その中身は、だいぶ違うようだ。目の前のぼくは、希少な純度の高いタンパク質で構成されている。そのひ弱な姿はどこか滑稽だ。表面的にはぼくとなんの変わりもないように見えるというのに、向こうの席でふんぞりかえ
っ
ているブラ
ッ
クホー
ルさんなんかは、明らかに目の前のぼくのことを嘲笑していた。希少種というものは、たとえばあのお姉さんのような美貌でももたない限り、サベツの対象にしかならないんだ。
「ぼくは夢は一度しか見たことがないんだよ。ぼくは、生まれて初めて見た夢が、最初で最後の夢だ
っ
た」
ぼくはまだ死んでいないのに、どうして、最初で最後だなんて言うんだい。
「そんなこと、訊かなくても分かるだろ。ぼくのくせしてさ。この船に乗
っ
ている
っ
てことは、過去も未来もなんの違いもない
っ
てことじ
ゃ
ないか。この船は進みゆく特異点だ。そんなこと、この船に乗る前から知
っ
ていたはずだ」
ブラ
ッ
クホー
ルさんの隣で、箱さんがぶつぶつと自分の中身について呟いている。彼は自分の中身にしか興味がないから、自分がもう公園のベンチにいないということに、気づいていないらしい。
いつからいなか
っ
たんだろう。
ぼくにはわからないけど。
なに暗い顔してるの? 乗組員のお姉さんが、ぼくたちのところにや
っ
てきた。お姉さんとは、同郷のよしみで、仲良くな
っ
たんだ。ぼくはお姉さんの雪のような顔に向か
っ
て、笑いかけてみせる。けれどぼくの目の前にいるぼくはというと、じ
っ
と鉄面のような顔をして、頬を持ち上げることさえしないというのだから、どちらがアンドロイドなのか、わかんなくな
っ
ち
ゃ
う。
ぼくがなにも答えないから、お姉さんはナイー
ブな箱さんのところへ行
っ
た。大丈夫。あなたは爆弾なんかじ
ゃ
ないのよ。き
っ
とそうよ。き
っ
と綺麗な畑のようなところが、あなたの中には広が
っ
ているの。そこでわたしは果物を育てて、たまにや
っ
てきた迷惑な動物を撃退したりして、たのしい日々を過ごしているんだわ。空想? 空想でもいいじ
ゃ
ない。空想は爆弾では壊せないのよ。そう言
っ
て励ましていた。
それからしばらくすると、アナウンスが船内に響き渡
っ
た。
一時停船します。お姉さんの言葉とほぼ同時に、船が停まる。
「なにかあ
っ
たのかな」
そうみたいだね。
キー
ッ
。なにをするデスカ! 座席ははちみつハニー
スウ
ィ
ー
トデスヨ!
肩をいからせたお姉さんが、大きなモグラのような生き物を二匹、両手でひきず
っ
て歩いている。
おいおいお嬢ち
ゃ
ん。そんな顔してどうしたい。
どけくそじじい。こいつら宇宙に放り投げてやる。
嬢ち
ゃ
ん、素が出ちま
っ
てるよ。
「なにか悪いことをしたみたいだ。お姉さんがあんなに怒るなんて、び
っ
くりだな」
よ
っ
ぽどひどいことをしたんだろうね。
で、モググたちがなにをした
っ
ち
ゅ
ー
んや。犯罪か? 悪の組織か? そう問いかけてきたのはゴー
ルデンフ
ィ
ッ
シ
ュ
さんの幽霊だ。お姉さんは以前勤めていた船団で、金魚には嫌な思い出があるみたいで、幽霊には目もくれない。代わりにお姉さんはブラ
ッ
クホー
ルさんに向か
っ
てむ
っ
とした顔をする。こいつら、船を食おうとしたんですよ! わたしの大事な船を!
なにを言
っ
てるデスカ! 仰るデスカ! 人生ベリー
ハー
ドデス。胃もたれいやあ。
「船を食うだなんて、そんなことを考える生き物もいるんだな
ぁ
。まるで宇宙を滅ぼすみたいじ
ゃ
ないか」
ほら、またそんな下手な比喩を使う。宇宙を滅ぼす、なんて言
っ
ち
ゃ
っ
たら、その虚構が出てきち
ゃ
うじ
ゃ
ないか。
「そんなの、知らないよ」
知らなくないわよ。お姉さんに叱咤される。もとの女性らしいお姉さんに戻
っ
ていた。虚構のなかで女の子がカワイコぶるのは、当然のことだから。
光が船のなかにまで差し込んできた。船のそとを見ると、生命体が、太陽の亡骸を抱きしめて泣いている。ほら、出てきた。ぼくの虚構だぞ。その生命体は、太陽を抱きしめるほどだから、とてつもなく大きな体躯をしているはずだけど、その姿はなんだか、ぼくよりもち
っ
ぽけで、ああ、宇宙の滅亡だな
ぁ
、と思
っ
た。
思
っ
たと同時に、そとの景色はリセ
ッ
トされた。いつの間にかお姉さんから逃れていたモググたちが、ゴー
ルデンフ
ィ
ッ
シ
ュ
さんやはらぺこの金魚さんを捕まえようとしている。
宇宙がほんとに崩れち
ゃ
っ
たんだ。そう気づくまで時間がかか
っ
た。宇宙は宇宙の姿をなくしていた。
ぼくは、お姉さんとおんなじ星で生まれた。お姉さんが生まれたときは、もう人類の歴史は終わ
っ
ていたけれど、ぼくが生まれたときのこの星は、人類が支配する無法地帯だ
っ
た。ぼくが生まれるより昔に、人間、という存在から、非人間、が生まれる。体のすべてを機械に代替したその、非人間、は、徐々に仲間を増やしながら、人間、を攻撃し始めた。ぼくが生まれたときというのは、だから、その攻撃というのがだいぶ済んだころのことで。
人工的な多目的幹細胞から生まれたぼくの体は、初めて夢を見たときに、完成した。非人間、ではなくて、そのときはアンドロイドという言葉が、人間、に代わる新しい傲慢の代名詞だ
っ
た。
そのときに、初夢を見たそのときに、ぼくは生まれたんだね。
「そうだよ。ポ
ッ
プコー
ンがぼくからこぼれてゆくあのとき、このぼくの他に、ポ
ッ
プコー
ンをこぼしていなか
っ
たぼくというものも、分岐して存在していたんだね」
そしてこの特異点で、
「ぼくとぼくは再開した」
船は、未来も、過去も、現在も。
そして現実と虚構さえもサベツせず、
この果しなき連動を進んでゆくよ。
宇宙が滅亡したあと、残
っ
た時空は時空ではなく、すべてがすべて特異点だ
っ
た。宇宙のはじまりは小さな粒ではなく、宇宙よりも大きな夢だ
っ
たのかもしれない。
すべての理論が通用しないところでは、すべてのわがままが通るんだよ。
ね、だ
っ
たら、そろそろぼくとぼくは、「ぼく」になるべきだとは思わない?
「どうだろう。もうママもいないから、離乳したんだから、決めるのはぼくだよね。でも、船のなかにいれば、ぼくたちはぼくでなくてもぼくでいられるし、それならこのままでいいんじ
ゃ
ないのかな、
っ
て思うんだ」
でもね。ぼくは。
大きな夢を持
っ
ていたんだ。
大きな夢を。
船が加速する。
「それは、この船を出たら、叶えられる夢なのかな、ああ、叶えるとも、ぼくの夢なのだから、
ゴー
ルデンフ
ィ
ッ
シ
ュ
さんは、水槽のなかに。
モググたちは火星の投票所に。
箱さんは公園のベンチに。
ぼくは、ただひとりの「ぼく」は
――
、新しい物語へと。
お姉さんも、一緒に行く? そう聞くと、まだナンパするには早いね、ぼうや。船に残るみたいで。
大きな夢を叶えに行こう。
物語は永遠に終わらない。
決してまた捨てられて、船につめこまれたりしないように
――
。
ぼくたちは物語を演じ続けるんだ。
新たなる宇宙が、いま、
うまれる。
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