輝き! プロット頂戴大賞
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君の名前を教えてほしい
投稿時刻 : 2014.01.13 02:57 最終更新 : 2014.01.13 03:05
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- 2014/01/13 03:05:21
- 2014/01/13 03:00:53
- 2014/01/13 02:57:42
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 祖父の屋敷にはいつも裏門から入る。そうすると祖母が遺した薬草園の前を通るからだ。植えられているのは薬草ばかりだが、きれいな花を咲かせるものも多く、眺めていると不思議と心が落ち着いた。
 ただ、薬草園は塀に囲まれている。中を覗くことができるのは、入口の木戸からだけだ。格子状の扉には鍵はかかていない。けれど、毒草も混ざているので入らないようにと祖父から言われており、格子状の木戸越しに薬草園を眺めることが多かた。
 今日もいつものように木戸の前に行こうとして、私は足を止めた。
 扉のすぐ向こう側――薬草園の中に、人がいた。黒いローブを着た、白い髪の少年だ。
(……誰?)
 知らない顔だ。歳は私と同じくらい。細かい紋様が入たローブを着ているので新しい使用人ということはないだろう。親戚でもないし、うちの学校の生徒でもないはずだ。
 彼の髪は白色。銀や白銀ではなく真白だ。白色で現れるような魔力を髪に宿している人物に心当たりはない。
「あなた、そんなところで何をしているの」
 無断で薬草園に入り込んだ相手だ。口調が自然とキツくなる。だが、振り返た少年は怪訝そうな顔をした。
「君こそ誰だ。ここは子供が勝手に入てきていい場所じないぞ」
 偉そうな口の聞き方に、私はカチンとする。
「勝手に入ているのはそちでし。私はこの屋敷の主――ヴルカーンの孫よ」
「ヴルカーン? 誰だ、そいつは。だいたい屋敷の主の孫だなんて、 嘘も大概にするんだな」
「何ですて!」
 私の中で、魔力がモゾリと動いた。いけないと思いつつも、腹立たしさが邪魔をして、うまく魔力が抑えられない。髪の色が赤から橙へと変わていくのが自分でもわかる。
 私に何が起きているのか、木戸の向こうにいる少年にもわかたはずだ。だが、
「へえ、僕とやる気かい?」
 馬鹿にしたような笑みにカとなり、魔力が弾けそうになた時、
「リナ様!」
 声にふり返ると、メイドのアンナがこちらに駆け寄てきた。
「こちらでしたか。いつもより遅いので心配しましたわ。ヴルカーン様もお待ちですよ」
 祖父の名前を出され、私はハとした。思ていたよりも時間が過ぎていたらしい。
「さあ、行きますよ」
「待て! 今ここに……
 無断で入てきた人がいる、と言おうとして、私は言葉を失た。
 見ると格子状の木戸の向こうには誰もいなかた。慌てて覗き込むが、白髪の少年の姿はどこにもない。近くに隠れられるような場所も見当たらない。
(……幻? まさか、でも……)
 茫然とする私に、アンナが声をかける。
「薬草園がどうかしたのですか?」
「えと、その……あ! ねえ、アンナ。今日ここに来ているのは私だけ?」
「はい。お客様の予定はございませんわ」
「なら、新しい使用人を雇たりしていない? 例えば庭師とか、薬草に詳しい人とか……
 もしかすると、祖母の代わりに薬草園の世話をする魔術師を雇たのかもしれないと考えたが、アンナは首を横に振た。
「いいえ。そういう話は聞いておりませんが」
 それなら「彼」は何だたのだろう? 本当にいたのか、それとも夢だたのか……
 手を引かれながら私は何度か薬草園をふり返たが、誰の姿も見つけられなかた。


 三日後、私はいつもより早く祖父の屋敷を訪れた。
 理由はもちろんあの少年だ。相手が幻だとはどうしても思えない以上、何か身を隠す仕掛けがあたに違いない。まだ残ているかどうかはわからないが、何か手がかりくらいはあるはずだ。
 意気込んで薬草園に行くと、格子状の木戸の向こうに白髪の少年の姿があた。
 やはり幻などではなかたのだ。
 私は急いで木戸に駆け寄た。足音に気づいたのか、彼も私を見る。そして、
「やあ。また会えたな」
 口元に笑みを浮かべる少年に、私は面食らた。この前はずいぶん偉そうな態度だたので、向こうからあいさつをしてくるとは思わなかた。何かの罠ではないかという気さえしてくる。
 私の戸惑いを気にした様子もなく、彼は口を開いた。
「僕はクルーク・ノイ・フアリケン。この名前に聞き覚えはあるか?」
「え?」
 私は驚いて彼を見る。
「僕の名前だ。君は僕を知ているか?」
「知らないけど……それ、あなたの真名?」
「ああ、そうだが」
 当然のように言う彼に、私は驚きを通り越して呆れ果てた。
「不用心ね。知らない相手に真名を教えるなんて。私が悪用したらどうするつもりよ」
 魔術師にとて、真名――自分の本当の名前は大切なものだ。真名を使えば相手を操たり命を奪うことも簡単だ。だから普段は愛称で呼び合うのが普通である。母が私を呼ぶ時さえも、真名ではなく愛称の「リナ」を使ている。彼もそれは知ているはず……
 だが、クルークと名乗た少年は急にお腹を抱えて笑い始めた。
「な、何がおかしいのよ!」
「そのセリフ、久しぶりに聞いたと思てな。それに君は本当に僕を知らないようだ」
「あなた、そんなに有名人なの?」
 皮肉を込めて聞いたつもりだたが、クルークはあさりと頷いた。
「そうさ。僕は「魔術が使えない魔術師」だ。魔術に携わる者はだいたい僕の体質のことを知ている」
「魔術が、使えない?」
「魔術を吸収すると言た方がいいかな。魔力そのものや道具に付与された魔術はそうでもないが、呪文などで具現化された魔術の多くは僕の体に吸収される。だから僕の側で魔術を使おうとしても発動しないし、魔術によて傷つけられることもない……とも、そのせいで僕自身も魔術が使えないけどな」
 ところで、とクルークはいたん言葉を切て私をじと見つめた。
「今日は何曜日だけ?」
「? メルクリウスでし
「じあ何月何日?」
「ノウム月の7日じないの」
 日にちはともかく、どうして月まで聞くのかと不思議に思ていると、
「何年の?」
…………は?」
 からかわれているのかと思たが、クルークの目は真剣そのものだ。恐る恐る答えると、
「合ているな。念のため聞くけど、五年後の今日は何曜日かわかるかい?」
「そんなの、暦も見ないでわかるわけないじないの!」
「僕はわかるよ。そういう人間もいる。でも、君は違うみたいだ。なるほど。ちうど六十年後か」
「六十年後?」
「そう。君がいるのは、僕にとて六十年後の世界だ」
 一瞬、何を言ているのか理解できなかた。
 私が五十年後の世界いる?
 つまり、クルークは五十年前の人? この木戸の向こう側は過去につながているとでも言うのか?
「おそらく父さんが屋敷で今やている実験の影響だろうな。部分的に増幅された魔力が空間を、いや時間を歪めたのか……
 クルークは独り納得したように呟き出す。
 確かに別の時代の人なら、同じ屋敷の関係者でありながら、私が彼を知らなくても、そして彼が私を知らなくても不思議ではない。
 だが、そんな話、信じられるわけがない。
「いい加減なことを言わないで!」
 私は一歩前に踏み出すと、木戸に手をかけた。格子状の戸を勢いよく開け、彼の頬を引ぱたくつもりだたが、
「え……?」
 そこには、誰もいなかた。
 扉を開けた瞬間、クルークの姿は消えていた。隠れる時間などなかたはずなのに。
 私は思わず後退た。その拍子につまずいて尻餅をつく。
 茫然とする私の目の前で、キと音を立てて扉が閉まる。格子状の扉の向こうには、クルークの姿があた。
(まさか……
 彼がいるのは、本当に「今」ではないのか?
 戸の向こうで、クルークがニヤリと笑た。
「僕が嘘をついているのではないと、ようやくわかたみたいだな」
「え?」
「この木戸を開けたんだろう? こちから見える景色が急に動いたからね。そのぐらい聞かなくてもわかる。で、君は開けた木戸の向こうに誰もいなかたので、驚いて腰を抜かした……というところかな」
「ち、違うわよ! これはつまずいただけ!」
 抗議するが、クルークの視線はすでに木戸に向けられていた。
「なるほど。この扉自体にも原因があるようだな。とりあえず何の木で作られているか調べて……
 クルークの声が急に聞こえなくなる。あれ、と思た瞬間、彼の姿は木戸の向こうから消えていた。


 それから私は祖父の屋敷に行く度にクルークと会ていた。私が薬草園の前に行くと、彼は必ず木戸の向こうで待ていた。
 最初は不思議に思ていたが、
「君はいつも同じ時間に来ているだろう? こちも同じさ。父さんも毎日ほとんど同じ時間に実験をしている」
 言われてみれば、そのとおりだた。
 そして、クルークは私のいる時代のことを知りたがた。
「へえ。そちには魔術師だけの学校があるのか」
「あなたの方にはないの?」
「私塾や魔術師協会に練習場はあるけれど、子供たちだけを集めて魔術を教えているところはないな。収容所とは別だろうし」
 「収容所」という言葉に、私の気分は沈む。
 そこは、私が二歳の時に入らなければならなかた場所であり、十六歳の試験に受からなければ行くかもしれない場所だ。
……いいわね」
 そんな言葉が、つい私の口からこぼれた。クルークが怪訝そうな顔をする。
「何がだ?」
「あなたの体質よ。魔術が使えないのがうらやましいわ」
 魔術が発動しないのなら、きと魔力が暴走することもない。つまり、誰かを傷つけたり命を奪てしまうこともないはずだ。
……だが、一族で魔術が使えないのは僕だけだ」
 クルークの吐き捨てるような口調に、私は驚く。彼の感情的な言葉を聞いたのはこれが初めてだ。
「魔術が使えないのは、悪いことなの?」
「少なくとも僕の一族にとてはね。小さい頃から魔術の練習をする度に、お前はダメだ、何故できない、おかしいと散々言われ続けてきた。僕の体質がわかてからは、どうしてお前のような奴が生まれてきたんだと責められた。父さんの実験も俺の体質を何とかするためらしい」
 無駄なことを、とクルークは自嘲的に笑う。
「どうせ僕は何をやても魔術師にはなれやしない」
……あなたは、魔術師になりたいの?」
 不思議に思て聞いてみると、「さあね」とどこか投げやりな答えが返てくる。私は思わず口を開いていた。
「魔術師が嫌なら他のものになればいいじないの。あなただたら何にでもなれるわ」
「何にでも?」
「そうよ。だから、あなたがうらやましい。私は、魔術師にしかなれないもの……
 試験に合格して魔術師になる。それが、私に課せられた道だ。高すぎる魔力を持て生まれた以上、他の道を選ぶことは許されない。
……そうか。魔術師以外だたら、僕は何にでもなれるのか。そういう風には考えたことはなかたな……
 どこか遠くを見つめる彼が何を思たのか。聞く前に、木戸の向こうからクルークの姿は消えていた。


「最近、ずいぶんと早く行くのね」
 祖父の屋敷に出かけようとした時、母にそう声をかけられ私はドキリとした。クルークのことは誰にも話していなかた。過去の人と会ているなんて、母でも信じてくれないだろう。
「うん。友達のところに寄てるから」
「あら、そうなの」
 少し前に私が施設の話を持ち出してから心配していた母にとては、うれしい話題だ。ただ、どこの誰かと聞かれると、説明に困る。
「ねえ、母さん。クルーク・ノイ・フアリケンて人、知てる?」
 私は話をそらすつもりで聞いてみた。それに祖父の屋敷は母の実家だ。もしかするとクルークのことを知ているかもしれない。
 気軽に聞いたつもりだたが、
「その名前を、どこで?」
 返てきたのは、硬い声だた。表情も強張ている。
「と、友達が言ていたの。その人を知らないかて。ずと昔、お祖父様のお屋敷にいたらしいんだけど……
 私の声はだんだんと小さくなていく。何かまずいことを聞いてしまたのだろうか? 不安に思ていると、母の表情がふと和らいだ。
「ああ、そうね。隠す必要がなかたから、知ている人はいるかもしれないわね」
 大きく息をつくと、母は私をますぐ見て言た。
「あなたの大叔父様よ」
「え?」
「クルーク・ノイ・フアリケンは、あなたの大叔父様の真名。私たちは愛称のヴイスで呼んでいたけれど、魔術が使えなかたから隠す必要がなくて、初対面の人にも真名を名乗ることが多かたわ」
「真名、を?」
 それはまるで彼のようではないか。
 いや、そもそもクルークは彼の名前だ。六十年前に祖父の屋敷に住んでいた白髪の少年の名前……
「大丈夫なのよ。魔術が使えないのは生まれつき魔術を吸収する体質だたからで、真名を知られても悪用される心配は……
 私の驚きを勘違いして母は話を続ける。けれど、その言葉は私の耳に入ていなかた。
 クルークは、過去の人だ。
 大叔父様と同じ名前で、同じ体質の少年。
 その大叔父様は、もういない。
 私が、私が、殺してしまたから……

 ……そう。私が彼を殺してしまうのだ!

「リナ? どうしたの?」
「何でもない!」
 心配そうにする母を残し、私は家を飛び出した。


 クルークは、私の大叔父だた。私が彼を殺してしまう。彼はそれを知らない……
(どうしたら、いいの……
 これからどんな顔をして彼に会えばいいのか、いや、そもそも会ていいのかさえもわからない。
 迷たが、私の足は自然と薬草園に向いていたらしい。ふと気がつくと目の前に格子状の木戸があり、その向こうにクルークがいつものように立ていた。
 私を見て笑いかけたその顔を、彼は大きくしかめた。
「ひどい顔だな。何かあたのか?」
「え?」
「泣いているぞ。誰かにいじめられたか?」
 言われて私は初めて自分が泣いていることに気づいた。あわてて頬をぬぐう。
 だが、彼を前に何を言ていいのかわからない。せめて泣かないように硬く口を結んでいると、
「最後は笑てくれた方がよかたな」
「? 最後?」
「ああ。君とここで会えるのは、今日が最後だ」
 重要なことを、彼はさらりと言た。
「父の実験の中止が決またんだ。他にも影響が出ていることがわかてね。今日で実験は最後。再開するとしても、外部に影響が出ないよう実験室を改造してからだ」
 それは、つまり……
「もう、会えない?」
「残念そうな顔をするな」
 クルークはそう言て笑た。
「君はいるのは、僕がいる六十年後の世界だ。僕が生きていれば必ず会える。だから、君の名前を教えてほしい。君が十六歳になたら、僕は必ず会いに行く」
 生きていれば? それは無理だ。私が彼を殺してしまうからだ。おそらく、私に会いに来た大叔父である彼を……
…………嫌よ」
 私は声を振り絞て言た。
「あなたには、もう会いたくないの……だから、私のところには絶対に来ないで!」
 そう言うと、クルークの顔から笑みが消えた。どこか寂しそうに顔を歪める。
(これでいい……これでいいのよ……
 私は彼に背を向けた。私に会おうと思わなければ、彼は死ぬことはない。
 泣かないよう必死にこらえる私の耳に、彼の声が聞こえた。
「気づいていないのなら、一つ忠告しておくよ。君は嘘を付くのが下手だ」
 ハとしてふり返たが、木戸の向こうにはもう誰の姿も見えなかた。
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