第一回 てきすとぽい杯
 1  11  12 «〔 作品13 〕» 14  19 
キャラメルポップコーン
投稿時刻 : 2013.01.19 23:34
字数 : 1186
5
投票しない
キャラメルポップコーン
山田佳江


 僕がロビーに戻てきても、彼女は目を伏せたまま黙ていた。
「ポプコーンとアイステで良かたんだよね?」
「そんな気分じなくなた」
「え?」
 カウンターテーブルにトレイを置いて、僕は彼女の顔を覗きこむ。
「だからそんな気分じなくなたの」
 彼女はテーブルに二枚のチケトを置き、
「さよなら」
 と言てその場を立ち去た。

 なにがおこたのか、しばらくの間理解できなかた。シネコンを出て行く彼女の背中をぼんやりと見送て、それからようやく『追いかけるべきだ』ということに気づく。僕はロビーのテーブルにポプコーンとドリンクを置いたまま、チケトを持ち走てシネコンを出て行く。

 シピングモール内のどこを探しても、彼女の姿は見当たらなかた。当然電話にも出ない。しわくちになたチケトと携帯電話の時計を見比べる。映画はすでに始まている時間だ。
 チケトの払い戻しができないか窓口に尋ねてみる。とても申し訳なさそうに、かつ事務的に申し出は拒否される。
 ロビーのカウンターテーブルに、ポプコーンとドリンクは置かれたままだた。紙のカプは水滴で覆われている。僕は乱暴にトレイを持ち上げ、チケトのうちの1枚を使て上映室に入る。

 ただでさえ薄いのに、氷が溶けてさらに薄くなてしまたアイステを飲みながら僕は考える。腹が立たないこともない。しかしそれよりも疑問の方が強い。なぜ、彼女は怒てしまたのか。
 漫画が原作だとかいう邦画は面白くもなんともなくて、僕は彼女との記憶を辿る。僕はなにをしたのだろう。シネコンの悪口を言たのが原因だろうか。ドルビーサラウンドなんかより、古い映画館の振動すら伝わてくるスピーカーが云々。それは確かにつまらない話かも知れない。だけど楽しみにしていた映画を拒否するほどのことでもない。

『あと10分よ』

 主演女優がなにやら緊迫している。僕はしぶしぶポプコーンに手をつける。
「あれ?」
 思わず声が漏れる。生まれてはじめて食べるキラメルポプコーンは、想像していたよりもずとおいしかた。ポプコーンが甘いなんてありえないと思ていた。彼女の希望により買たキラメルポプコーン。僕は食べないつもりでいたのに。
 さくさくとキラメルポプコーンを食べ続ける。2つ目のアイステに手をつける。なるほどコーラにしなくて良かた。彼女は正しかたと僕は思う。

 彼女は正しかた。シネコンの映画館だてそう悪くもない。

『だけど初夢は?』
『初夢の使いどころを、見誤てしまた』

 キラメルポプコーンに夢中になているうちに、映画は随分と進んでしまていた。彼らがなんの話をしているのかさぱりわからない。わからなくてもいいや、と僕は思う。
 彼女ともう二度と会うことはないのかも知れない。それならそれでいい。
 僕は最後のキラメルポプコーンを口に放り込んだ。
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない