【BNSK】月末品評会 in てきすとぽい season 3
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もう、一人でいいから
投稿時刻 : 2014.05.26 23:18 最終更新 : 2014.05.27 22:33
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- 2014/05/27 22:33:34
- 2014/05/26 23:18:32
もう、一人でいいから
すずきり


 四月。春が来て、空の色がだんだん濃い青色になていく。日差しが強くなり、日常の風景が色めき立つ。小鳥がご機嫌な調子でぴろぴろさえずている。穏やかで優しい季節への変化とは裏腹に、私は相変わらず今日も背中を丸めて出勤する。
 スーツは何年も同じ黒いやつを使ている。色あせてきたがダークグレーと言て言えなくもないから問題ない。高校デビも大学デビもしなかたためか、きれいな身だしなみというものがよくわからない。化粧もいまいち塩梅がわからず、いつもおかなびくりやている。学生時代は馬鹿みたいに化粧品に金をかけている同級生を見下していたものだが、社会人になていざ必要になるとどれをどう使て良いのかわからない。かといて今更誰に化粧の仕方を聞けるわけでなし。
 背が低くて身体にメリハリもないから、中学生みたいな体格をしている。その割に顔は年相応に疲れてやつれているのだから気味が悪い。別に誰かに気味が悪いと言われたことはないけれど、大方そう思われているに違いない。これは客観的な評価である。
 通勤電車にゆられながら本を読む。電車の中では読書をするのが一番良い。スマホをいじている連中は馬鹿にちがいない。時間を無益に浪費していることにも気がつかないのだろうか。因みに私は、去年は英語の本を通勤時間に読んで勉強しようと一人決意したが、一週間も保たないで読むのをやめてしまた。そもそも英語が読めるようになて私にはなんの得もないじないかと気がついたのだ。そういうわけで、今読んでいるのはこの間本屋で平積みになているのを何となく手に取てみた新書だ。中国経済に関するものらしい。今中国の発展がすごいらしいというのをテレビで見たので、今読んでおけば後々役立つかもしれない。スマホにくびたけになる能無しとは意識が違うというわけだ。
 満員電車の地獄を終え、定時の十五分前に自分のデスクにつく。オフスの入り口からすぐのところが私の席なので、誰にも挨拶しないで済む。一応頭を周囲に下げるアクシンはしているが、誰もそれに応答してくれない。
 机の上を整理していると、先輩のちらちらした感じの男がこちらにやてきた。
「おはよ。ねねね、今ちと時間あるよね? これ、会議で使うんだけど時間ヤバくて、コピーしといてくんない? 今すぐ! たのむわ! よろ!」
 とだけ言い残し、先輩はスタスタ去てしまう。多少顔が良いから、いい気になているのだろう。私みたいな精神的身分の低い人間は頼まれたら断れない、ということを計算して私のところへ来たのだ。私はああいう馴れ馴れしいノリが一番嫌いだ。お前は先輩だが友達ではない。ささとコピーして、ささと出かける準備をする。
 私の仕事は出版社の営業。本屋に足繁く通ては本を置いてくれと健気にお願いする。そして帰社したら駄目でした、と報告してこれで一通りの仕事が終わるのだ。上司からの説教もセトになることもあるが、その分仕事しなくて済むのでありがたい。
「営業いてきます」と蚊の鳴くようなか細い声を出し、私は営業に出る。朝目覚めてから一度も声を出していなかたので、喉が本調子ではないらしい。本調子の時でも誰にも気付かれないのだが。
 近場の本屋に営業に行くつもりだけれど、どうせいつも通り断られるのだから、もう断られたということにしてスタバにでも寄ろうかと迷う。本屋に入りもせず、スタバにも行かず、うろうろしていると、
「あれ? ユウコ?」
 と後ろから声をかけられた。
 いかにも私の名前はユウコだが、しかしユウコとはよくある名前だ。私には下の名前で呼ぶような友達はほとんどいないので、きとこのユウコは私のことではないだろう。自分のことだと思て振り向いたが最後、人違いで恥をかくことになる。そう考えた私は、無視して声とは反対方向に向かうことにした。
「ちとまてよ、ユウコでし?」
 声の主は私の肩を掴んだ。驚いて思わず振り向くと、そこにはケバケバしい化粧に、モデルみたいに派手な服を着た女が立ていた。
「やぱり! 久しぶり
「え、あ、リナちん?」
「そうだよ! 友達の顔忘れないでよお。でももう5年は会てないからしうがないかも?」
 リナちんは高校のころの同級生だ。その頃から背は高かたけれどオシレとは無縁で、無口で静かな女子だた。つまり、私と同じ底辺のカーストだたのである。そのためか、自然と一緒にいることが多かた。当時はナナフシとかキリンとか呼ばれていたリナちんだたが、今やその面影はない。
「リナちん久しぶりだね。なんか、変わたねえ・・・」
 思わずリナちんの全身を見てしまう私。リナちんはキラキラで、丈のやけに短いワンピースに、10cm以上ありそうなハイヒール、有名なブランドもののバグを肩に掛けている。この季節、さすがにまだその服装は寒かろうと思たが、他人の服装にとやかく言える筋はないので、私はただ黙て笑顔を作た。
「ユウコは変わんないね
 ふと思い返してみればリナちんは私を呼び捨てにしたことなどなかたはずだ。口調ももと穏やかで、口の中に何か入てるんじないかというような、ぼそぼそした声でしていたはず。人間変わるもんだと思いつつも、しかしリナちんの全身からは高校時代のイケてない雰囲気がにじみ出ているのを私は見逃さなかた。巻き髪だか寝癖だかわからないヘアスタイルなんかは特にイケてない感じだ。私は心の奥底で、身の丈に合わない気取た装いのリナちんを見下し始めた。
「こんな時間に何してんの?」
「私、出版社に勤めてるの。だから営業で本屋さんとか行かなきいけなくてえ」
「えー出版社? スゴーイ! 今忙しいの? ちとだけ話さない? スタバいこーよ」
「う、うーん、ホントは駄目だけど、良いよ、リナちんの頼みなら」
「やた、じ、行こ」
 リナちんに背中を押されるようにして私はスタバに行くことになた。どのみち行く予定だたが、良心の痛まない理由ができてラキーくらいに思た。

 店内は昼前だが結構混雑していた。とはいえ空いているスタバなど見たことないが。私とリナちんは各々注文して二階の席に向かい合て座た。
 そんなに歩いたわけでもあるまいにリナちんはわざとらしく息をついた。ムリしてヒールなど履くから余計に疲れるのだろう。運動靴かスニーカーが分相応だ。
「出版社の仕事て言てたけど、ユウコてそういう仕事につきたかたんだけ?」
「まあ、そうかな。読書とか好きだしやぱり」
 好きで営業なんてしてないよ。自分がつきたい仕事につけてるやつが世の中何人いるんだよ。いきなり仕事の話振るなよ。そう思いつつも、表には出さない。それが大人の対応というもの。リナちんは見た目は垢抜けたけれど、世間知らずなままらしい。その純朴さには懐かしみを感じないではないけれど。
「リナちんは? いま何してるの?」
「ユウコとコーヒー飲んでる」
「そうじなくて・・・」バカ女が、とは言わない。
「ウソウソ、仕事でし? 実はねえ、デザイナーなの」
 リナちんは自信たぷりという風にえくぼを作てにこり笑た。
 リナちんは、高校生のころから絵を描くのが好きだた。授業中もノートに落書きばかりしていた。それを私や、同じカーストのいけてない女子たちに見せては「絵うまーい」などとちやほやされていた。美術の時間にもよく先生に褒められていた。漫画みたいな絵も、写実的な絵も得意だたようだ。
「嘘、本当? すごいじん。高校生のころからいつも絵描いてたし、夢叶えたてこと?」
「そうなの。このことユウコには教えたくてさ
 リナちんははにかむ。その笑顔には高校生の頃の面影が残ていた。リナちんは自分の絵を褒められると決まて恥ずかしそうにはにかむのだ。
 リナちんへの攻撃的な気持ちが奥に潜み、私は自然に彼女を応援したいような高揚感に襲われた。自分の未来をつかみ取た人が身近にいる、という事実がただそれだけでうれしい。友人の幸せを喜べる余裕が自分にあたことに私は内心驚いた。
 それから20分程度高校時代の話をして、私はリナちんと別れた。その時連絡先を交換した。リナちんはアドレス交換に手慣れていて、やり方がわからない私に操作方法を教わえてくれた。
 私はその後、リナちんに感化されたのか、気合いを入れて本屋を訪れ、営業してみたが、やぱり断られた。そう上手く行かないらしい。
 上司は私の営業成績が芳しくないことに目をつむてくれた。あるいは、もう私という存在に構うのをやめたのかもしれない。今日は何も言われることなく、私は帰路についた。
 会社に友達は一人もいないので、毎日直帰である。早く家に着いたからて、何をするわけでもないのだけれど。夜に遊ぶ方法を私は知らない。
 帰りの電車を待ていると、電話が鳴た。リナちんからだた。
「もしもしユウコ? 仕事終わた? 飲みにいこ
「え、どうして?」
 飲みに誘われて「どうして」と聞くのが実に私らしい。きと普通の人は理由なんてなくてもお酒を飲むのだろう。
「ん久々に会たから、お祝い? みたいな? わかんないけど」
「えとお、場所はどこ?」
「今日会たところの近くに小さいけどバーみたいなのがあるんだけど」
「・・・わかた。あんまり遅くまでは付き合えないかもだけど、いいよ」
「いまどこ?」
「駅。電車のるとこだた」
「ぎりぎりセーフじん」リナちんのはしいだ笑い声が受話器から聞こえる。「オケーあスタバの前に集合ね!」
 通話が切れる。
 小さいバーか・・・。バーは小さければ小さいほど堅苦しくて嫌いだ。人見知りの私にとてマスターとの距離感はきついものがある。バーには一度も行たことがないので、全て想像だけれど。まあ、リナちんがいるから、全部まかせよう。
 スタバにつく前にリナちんと道で遭遇し、私たちは連れ立てしれた看板の店に入て行た。打ちぱなしのコンクリートの壁面が無骨だけれど、暖色のテーブルとうすらと光る間接照明のおかげか、とても落ち着く店だた。幸いマスターはカウンターの奥で何か作業していて、こちらのほうはちらとも見ていない。会社の近所にこんな店があるとは知らなかた。何故私の会社の近所の店事情にリナちんのほうが詳しいのか・・・。人としての格差をほんのりと味わた。
 リナちんに任せてカクテルを注文し、私とリナちんは今度は横並びになて座た。マスターに近いほうにリナちんが座る形である。
「こんなお店があるなんて知らなかたな」
 私は素直に言た。普段の私なら、「今日は二度目かな?」くらいの嘘は言いそうなものだが、彼女の前では毒気が抜かれてしまたようだ。無駄な意地を張る気が起きない。だいたい、無駄な意地を張るようになたのはいつからだろう?
「まー会社の近くでこういう雰囲気のお店には来づらいかもね
「確かにちとムーすぎかも」
 私とリナちんは笑う。
 その後はお互いカクテルをおかわりしながら再び高校時代の思い出話に花を咲かせた。高校時代なんて、ろくでもない黒歴史だと思ていたけれど、誰かと共有しているだけで、こんなにも楽しい思い出になるとは思わなかた。ばかばかしい話ばかりだけど、人はその程度のくだらない思い出に支えられれば、十分生きて行けるのかもしれない。リナちんと話しながら私は、酔いがまわたせいか、一人感傷的な気分になていた。そういえば高校時代の思い出を話すなんて、リナちんが初めてかも知れない。
 今日の一日を、いや毎日の私を振り返る。
 一人でつて、電車の中の人々にまで内心悪態をつき、よく知りもしない同僚たちを見下し、一人で私は何をしていたのだろう。
 勝手に周囲を敵にして、独り相撲の毎日、毎日・・・。
 でもそうでもしなければ、仕事もできない会社に友達もいない、コンプレクスの塊の私は、正気を保ていられない。世の中とまともに向き合うなんて、無理なのだ。
 それでも、私は今からでも変われるのだろうか? 夢を叶えたリナちんみたいに・・・。
 視界がぐるぐると揺れ始め、重力があちこちに働いているような感じがしてきた。頭が重い。
「ユウコ、どうしたの? 酔た? ねえ、大丈夫?」
「大丈夫・・・大丈夫・・・リナちんはすごいねえ・・・」
「泣いてるの? どうしたのよ急に」
 私はカウンターに向かてうつむいた。リナちんが背中をさすてくれる感覚が伝わる。暖かい。暖められたぶんだけ、熱い涙が流れてくるようだた。
「お客様」
 顔を上げると、マスターが白いハンカチを差し出していた。黙て受け取ると、マスターはまた奥に引込んで行た。
 涙を拭いて顔を上げると、リナちんの心配げな顔がすぐそこにあた。
「ああ、すきりした。ごめんね、ちと、なんか泣けて来ちて」
「何か悩みでもあるの?」
「ううん、そういうわけじ・・・」
「私ね、そういうユウコちんみたいな人たちを助けるボランテアをしているの」
「え?」
 急に、何を? 私は困惑する。リナちんは相変わらずにこりと笑ている。
 気がつくとカウンターの上に、パンフレトのようなものが置かれている。
『救いの手信じて変わるあなたの人生
 真青な表紙に優しげな緑色のフントで書かれた文字。文字の周りには小鳥が羽ばたく可愛らしい絵。手に取て開くと、宗主への信仰の力が、超自然のエネルギーをあなたに与える云々と書かれ、実際に信仰で生活が良くなた人々の体験談が載ている。体験談を語る人の中には、「リナ(20代)/デザイナー」という項目もある。
「私がデザイナーになれたのもね、これのおかげなの。宗主さまがすばらしいお方でね・・・」
 私はそのあと1時間ほど信仰の美しさの話を聞いた。終電あるから、といて私は足早に立ち去た。借りを作りたくないので、きちんと割り勘だ。もらたパンフレトは駅のゴミ箱に投げ入れた。週末にでも携帯を換えようと思う。
 私が流した涙とは一体なんだたのだろう? 私がただ、勝手に感傷に浸ていただけだ。本当にばかばかしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 後日。
 中国経済に関する本は、結局20ページも読まないでどこかへやてしまた。経済を勉強したてなんにもならない。今は営業のイロハについての本を読んでいる。様々な営業テクニクが載ていて面白く、家に帰ても寝るまで読み続けてしまう。どうせいつもどおり営業を断るであろうあの本屋で、このテクニクを試してみようと思いながら、私は眠りに就いた。 
 
 春が来たからて、やはり私の日々は変わりはしない。背中を丸めて電車に揺られるだけだ。
 ただ少しだけ、世の中への憎しみが霧消した。やぱりこんな世の中を相手にする必要なんてない。私は一人で生きて行こう。決意を新たに、また毎日が始また。
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