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浜辺に打ち寄せる波の音は、胸の奥からやって来るようでした。岸を離れるにつれて波は少しずつ高くなって、夜空にかかる月は落ち着きなく揺れ動いています。
郵便配達人は、制服と制帽を身に着けて波の上にいました。南の島は、夜になると疎らに明かりがともります。ガラスのかけらが瞬いて見える島は、暗がりの中で幸せに踊っているようでした。
まくり上げたズボンからはすっかり日に焼けた脛がのぞいています。海の中に浸けて、そっと動かします。勘違いした魚がつつきに来るかもしれない、そんなことを思いました。
お尻の下には、エチゼンクラゲがいました。相変わらず何も言わないままで、プランクトンを食べ続けています。傘の直径が二メートル近いエチゼンクラゲにとっては、郵便配達人をひとり乗せようが乗せまいが、何も違いません。それでも、海中に潜ることはせずに、傘の部分を海面に差し出したまま漂っています。
郵便配達人は岩の上で、最後に残った「手紙を求める心」を聞いたのです。それは、今まで聞いたこともない声でした。レターパッドを取り出そうとして、思い直して仕舞いました。岸近くに漂ってきたそれに、郵便配達人は静かによじ登りました。足先は海水に浸かりますが、身体は濡れずに済みそうです。つい、と岩場から離れました。振り向いた岬には、あのちいさな割り箸の看板が見えました。砂の中に石を詰めて、風が吹いても倒れないようにしてあります。箸袋に何が書いてあるのか、あっという間に滲んで見えなくなりました。
ゆらゆらと海面を漂いながら、どうしてここに乗ってしまったのだろう、と思いました。考えてみてもよくわかりません。ただ、眠りにつく前のぼんやりした落ち着きに包まれていました。いままで配達してきた無数の手紙のことを思いました。肩掛け鞄に大事にしまって、てくてく歩いて郵便受けに入れてゆく。それはとても幸せそうに見えました。
ふと、郵便配達人は自分が手紙になったような気がしました。ゆらゆらと揺られながら、海流の求める先へ届けられる、という。何年もの間、配達してきましたが、自分が配達されるのは初めてでした。眠気が甘い蜜となって溢れてきます。このまま眠ってしまえば、次に目覚めたときには手紙になっているかもしれません。郵便配達人は、制服のボタンを襟元まできちんと留めました。お届け先に届けられるまで、海水に濡れないように。背筋を伸ばして、揺れ動く星の残像を追います。遠い夜空でも、ひっきりなしに手紙が飛び交っているようでした。
海面の下でプランクトンを食べ続けていたエチゼンクラゲが、ちいさなアブクを吐き出しました。
(了)
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