第18回 てきすとぽい杯
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掃除機より愛を込めて
投稿時刻 : 2014.06.14 23:40 最終更新 : 2014.06.15 00:07
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掃除機より愛を込めて
木下季花


 僕の幼馴染が掃除機になてしまたらしい。彼女の母親からその知らせを受けて、僕は大慌てで彼女の家に行た。玄関を開けて挨拶もなしに彼女の部屋に入ると、彼女が「ういーん」と言いながら床を匍匐前進しているのが見えた。なんてことだろう。彼女は完璧に掃除機になてしまたようだた。何で掃除機になたのだろう。僕は頭がおかしくなた彼女を放ておいて、一階の居間にいる彼女の母親に話を聞きに行た。
「私が大雑把で部屋を散らかしても気にならない人だから、彼女は掃除機になたのよ」
 と彼女の母親は言た。そんなことで掃除機になるものか! と僕は思たが口には出さなかた。彼女の母親がいる居間はまさにゴミ屋敷だたからだ。様々なゴミが居間に溢れていた。弁当の容器、洗ていない皿、使たまま放置されたテ、洗われていない洗濯もの、腐たパイナプル、錆びたマウンテンバイク、折れた鉄パイプ、壊れた洗濯機、空気の抜けたサカーボール、画面が割れたテレビ、引き出しのない机、才能のない夫、それらが雑然と積み重ねられて、彼女のいる居間が出来上がていた。僕は鼻を摘まみながら、掃除をしなさい、馬鹿、と言て部屋を出た。それから僕は幼馴染がいる部屋へ戻た。幼馴染は相変わらず「うん」と言いながら床のゴミを吸ていた。先ほどより稼働音が小さくなている気がする。性能が上がたのだろうか。僕は掃除機になた彼女を持ち上げて、オンオフのスイチを探した。さすがに人間の女の子の体をまさぐるのは気が引けるけれど、彼女は今は掃除機なのだ。構わないだろう。僕彼女の服に手を入れて、その滑らかな肌を触た。右の乳首に触れると、「し……」と言いながら、彼女は動きを止めた。右の乳首がオフのスイチらしかた。さて、どうしたものかと思いながら、僕は掃除機になた彼女を家へ持ち帰た。あんなクズの親の元にいたから、彼女は掃除機になてしまたのだ。
 それから一月、彼女の掃除機としての性能はぐんぐん上がていた。もはやオンにしている時でも駆動音はほとんどしなくなり、そしてどんなに細かいちりやほこりも完璧に吸うようになた。カートに絡まている髪の毛や皮膚も見逃さない、まさに完璧なる掃除! 腹の中はサイクロン方式で、すぐにゴミを消化し、トイレで吐き出す、完璧なるエコな掃除機だた。
「ういーん」
ドに寝そべていると、毎朝彼女が僕を起こしてくれる。時々、頬や腕を吸われるのが痛いけれど、それでも毎朝起こしてくれるのは有難い。
「ういーん!」
 どうやら朝ごはんも作てくれたらしい。最近の掃除機の性能はすごい。もはや掃除機ではない。でも、彼女は掃除機だ。まるで蛇のようににろにろと床を這いながら、大きく開けた口でごみを吸ていく。その姿は愛らしい。ただ、階段を降りる時なんかは痛そうで、時々ごろごろと転がりながら落ちていく。あれで骨折しないのだろうかと心配になるのだが、彼女は掃除機なので骨折などしない。強いて言うのならば故障だ。
 僕は彼女の腕を引張りながら街を歩く。掃除機を引張りながら歩くなんて、昔だたらなら考えられなかただろうけれど、幼馴染が掃除機になてからは、やはり僕も考え方を改めた。町の中にはたくさんのゴミがあるのだ。
 近くの公園を散歩していると、池の唾を吐き煙草をポイ捨てしている男を発見した。アイツは紛れもないゴミだ。クズで、人間としての恥だ。僕は早速その男の元へ歩いていく。そして、彼女に向かて「いけ、あいつを吸い込め!」と命令をかける。
 幼馴染は「ういーん」と言いながら、物凄いスピードでその男の元へ向かていく。男は僕らに気づき、幼馴染の吸い込みを避けようとするが、そうはいかない。幼馴染の性能は今や相当なものなのだ。
 そうして幼馴染と戦た後、彼は冷蔵庫になた。紛れもない冷蔵庫だ。彼女に吸い込まれた男は、翌日になて彼女の尻から冷蔵庫となて出てきた。でも僕は冷蔵庫がいらなかたのでヤフーオークシンで冷蔵庫を売た。七千円くらいで売れた。
 掃除機となた彼女は、僕の心を吸い込んで離さない。なんて話は無くて、別に幼馴染はただの幼馴染だ。恋愛感情など無い。ましてや掃除機に恋をする男なんていない。掃除機はただ掃除をして居ればいいのだ。なんて事を大学の友達に話したのならば、僕は総スカンを食らた。女の子を何だと思ているのよ! という意見が女の子の大半から送られ、仲間内の男からは鬼畜だねえ、なんてあきれ顔で言われた。ゲイの奴からは熱烈な視線を受けたが無視した。だて、掃除機は掃除機だろ、何て意見は、今の時代じ古臭いらしい。女の子は掃除機でも洗濯機でもなく、女の子なのだと、女の子たちは言た。アイツらは男を財布と思ている屑のくせに。女の大半はゴミだ。なんて事を言たら、掃除機である幼馴染は怒た。「ういん!」と言いながら僕を吸い込み、まごまごとしている僕を、洗浄機で洗たみたいに綺麗にしてしまた。おかげで僕の趣味は今日からボランテアさ。赤い羽根で作たジトを着て街へ出かけていき、困ている世界中の人へ向けてお金を寄付する。障害のある子供たちの施設へ行て、職員のお手伝いをする、戦争をしている人たちの元へ行て、武器を配る、そうさ、僕のやていることは人のためなんだ、と思ていた時期が僕にもあたが、それは全て、僕の自己満足に過ぎなかた。結局は僕の善意の押し付けに過ぎなかた。そう気が付いた時に、僕はボランテア活動を辞めた。そうして僕は小説家になることを決めたんだ。最初の作品は、おじいさんが山へお婆さんをボコボコに殴りに行く、という話だた。あまりのくだらなさに一部の読書家にウケ、その作品はそこそこ売れた。でも、その作品以外アイデアが浮かばなくなて、僕はすぐに小説家を辞めた。今ではもう僕は中年だ。それでも僕の横には当たり前の様に、掃除機となた幼馴染がいる。毎日何も言わずに「ういーん」と言う稼働音と共に、家を掃除してくれている。家が常に綺麗なのは幼馴染のおかげだ。周りからは結婚しろなんて事を言われるけれど、それでもやはり掃除機と結婚をするなんて、僕の常識に反する。常に一緒にいるけれど、幼馴染はあくまで幼馴染であり、恋人や婚約者ではない。幼馴染も僕のそんな気持ちをわかているのか、何も言わずに、常に横にいるだけである。僕は小説家を辞めてから、大きな商売をしようと、雑貨屋を始めた。中国などから、他店では売らないような珍しい商品を仕入れ、自分の店で売た。最初は物珍しさで客が集また。しかし、商才のない者の常として、あまりにも安易に手を広げ過ぎた。軌道に乗たからといて、二号店三号店を出店し、赤字を出すようになり、やがて店は潰れた。借金が残り、その借金を返すためだけの生活が始また。俺は馬鹿だ、なんて事を言て自分を呪い、そして自分の愚かさに耐えられなくなて、隣にいた掃除機を蹴たこともある。そんな時でも幼馴染である掃除機は僕の元を離れることなく、ただ何も言わずに横にいた。気が付けば、僕はもう七十歳を過ぎている。幼馴染は、ずと掃除機のままだ。でも僕は、そんな幼馴染を使い続けている。僕はどうしようもない屑で、ゴミで、だから幼馴染は、ずと僕の元に居てくれたのかもしれない。僕が八十二歳になた時、遂に幼馴染である掃除機が動かなくなた。ある日、唐突に、うんともすんとも言わなくなて、動かなくなた。ただそこに静かに存在し続け、安らかな顔で眠り込んでいた。布団の中で、安らかな笑顔で……。僕は泣いていた。もちろんなくつもりなど無かた。掃除機が壊れたくらいで泣く男なんてこの世に存在しない。けれど、どんなに止めよう止めようと思ても涙は止まらなかた。次々と溢れて止まなかた。色々な修理屋に飛び込んだけれど、もう掃除機は治らなかた。僕は色々な場所に駆け込んだ。掃除機が治るなら、どんなことでもすると言た。でもどこに行ても、もう治せません、と首を振るばかりだた。何故もと大切にしてやれなかたのだろう。僕はそんな陳腐な後悔に苛まれた。掃除を弔て、ゴミ処理場で彼女の部品の一部を貰て帰てきたときに、彼女の部屋に手紙が置いてあるのに気が付いた。僕はその手紙を読んだ。
「悲しいことがたくさんありました。うまく行かないこともたくさんありました。只々愛のために生きた人生でした。それでも私はこの人生を自信を持て楽しかたと言えます。だて、ずとあなたの傍にいられたんだもの。あなたと辛さを共有できて、あなたと楽しさを共有できて、あなたと苦しみを共有できて、私はなんて幸せだたのでしうか! 私はあなたを心から愛していました。あなたの傍で壊れる時まで生きられて、私の人生は幸せでした。だからあなたも、私の事を気になさらずに、残りに人生を好きに生きてください。あなたの幸せを祈ります。
掃除機から愛を込めて」
僕はその時に、彼女が僕のパートナーたことに気がついた。生涯の掛け替えのないパートナー。ずとそばに居続けてくれた彼女。僕は愚かだた。もと愛してやればよかた。僕は静かな部屋で、音もなく、彼女のために泣いた。心からの愛をくれた彼女に。差生涯を愛のために生きてくれた彼女に……

――という、長い掃除機メーカーのCMが終わた。最近の広告と言うのはどこも色々な工夫をしながら、こうやて顧客を掴もうとしているのだろう。でも僕には何が何だか分からなかたし、こんあに長たらしいCMを真面目に見る人がいるのだろうかと訝てしまう。だから、僕は洗い場に立ている妻に声を掛けた。
「またく、くだらないCMだよな」
 そうすると彼女はこう言たんだ。
「そんなことないわよ。女を掃除機として見ているあなたたち男をよく表しているわよ。言ておくけどね、私はあなたたちの家具じないのよ。あなたも掃除くらいやてくれないかしら」
 僕はしぶしぶ彼女の機嫌を取るように、掃除をするようになた。
そして、それから休日に掃除をやるようになて、掃除機の良さにハマた僕は、あのCMの掃除機を買てしまた。その掃除機はやはりすごい性能だた。掃除機はやはり、僕らの人生のパートナーなのかもしれない。掃除機は愛すべき僕らの恋人だ。
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