木霊之書
それは、ある魔法使いが苦心の末に作成した一冊の魔道書である。
魔法使いは魔法詠唱が不得意だ
ったため、他の者の呪文を奪う魔法を作った。すなわち、書を開けば敵の呪文を吸収し、次に開いた時にはその魔法を発動することができるという魔道書だ。
この書があれば、どんなに強大な魔法でも吸収し、発動することが出来る。
ただ、この書を生み出した魔法使いは世に疎く、書を操るに足る甲斐性の無い人物だった。無限の力を持つ書であるにも関わらず、同僚に癒しの呪文を唱えてもらい、妻の火傷を治す程度にしか使うことはなかった。しかし魔法使いにはそれで充分満足だった。魔法使いは、妻の傷の一つも癒してやれぬ自分を情けないと思っていたから。
しかし魔法使いは、この書に目をつけた別の魔法使いに騙されて、身に覚えの無い罪で国を追われることになってしまった。当然、魔道書も没収されるだろう。
魔道書を引き渡す前夜、魔法使いの妻は夫に隠れて魔道書を丁寧に磨き、そっと開いて何事かを囁いた。魔法使いの妻は魔法を知らぬから、その程度のことしか出来なかった。
翌日、魔道書は国に没収され、魔法使いは妻と共に国外へ追放される。
魔道書が引き渡された時、その革張りの装丁の裏表紙に一枚の紙が挟まっていた。慎重に引き抜いてみると、そこにはこのように書かれている。
——— トロメアのドラゴニアと戦闘・龍の大隕石・封印
その文字を見た魔法学者達は戦慄した。この記が本物であれば、この本を次に開いたとき、ドラゴニア族の王族しか使えぬ強大な魔法が発動するだろう。
魔法使いを追放してしまった以上、この書に何が封印されているのか、書を開かずして確かめる術は無い。もし開いたとして、この書に本当に龍の大隕石が封印されていたとしたら、王城は吹き飛んでしまう。
かくして魔道書は、国立魔法研究所図書室地下15階稀少書保存室にて、厳重に鎖が掛けられ、龍の皮で出来た箱に収められ、決して開かれぬよう封印が施されることとなった
さて、魔法使いがその後どうなったかというと、追放された国から遠く離れた小国で子供たちに字を教えているそうだ。魔法使いの道は諦めたものの、可愛い2人の子供に恵まれてそれなりに幸せに暮らしている。
「旦那様。他の誰が認めなくとも、私は貴方のことを愛しております」
それが妻の口癖で、ほんの僅かに魔力を持っていた妻が囁くその言葉は、元魔法使いの一生を常に癒したのだということだ。