お母さん助けてボーイ
彼は、毎日演技をしている。
学生時代、中学生の頃に、彼は一度だけ体育館のステー
ジに立ったことがあった。三年生の送別会で芥川龍之介の『杜子春』の劇をやったのだが、何を間違ったか仙人役に抜擢されたのだ。多分、猫背で老け顔だったから。だけど、そんな表舞台に立ったのは一度きり。なのに三十過ぎてから、まさか演技をするだなんて思ってもみなかった。
ちなみに脚本はちゃんとある。
彼は、毎日女性と待ち合わせをしている。
毎日っていうのは少し大げさかもしれない。ほぼ毎日、数日に一度は約束するのに失敗することがある。とはいえ、彼はかなりの頻度で女性と待ち合わせをしている。もともと、彼は女性が苦手だった。話しかけられただけで顔が赤くなり、言葉を返そうとすればどもった。けど、電話越しに取りつけた約束の相手だったら、驚くほどに平然としていたられた。相手の年齢的なものもあるかもしれないけど。
ちなみに、待ち合わせの相手は十回に一回くらい、男性になることもある。
彼は、毎日お金を運んでいる。
できればお金は生で運びたくないと彼は思う。本当は銀行振り込みにしたい。札束を持ち歩くとか、深く考えると手が震えてしょうがなくなる。実は、彼は一時期借金を抱えていたことがあった。借金の理由は女だ。数年前、彼がほんの短い期間に務めていた会社の上司に連れられて行ったキャバクラのお姉さん。単純な彼はその女性に面白いくらい貢いでしまったのだった。
ちなみに、それ以来彼はブランド物のバッグと香水とお酒を苦手にしている。
彼は、毎日電話をかけている。
とあるサイトで購入した携帯電話を、このところ使っている。少し型は古いが、そもそもスマホというものをいまだに使いこなせていない彼には、まずまずの使い勝手である。長く使うものではないのがもったいなく思えるくらいだ。今の携帯電話というやつは無駄な機能が多すぎる。電話というのはメールと通話以外のことができる機械なら、『電話』を名乗る必要性がないのではないかと彼は考える。
ちなみに、携帯電話の色は傷がついても目立ちにくいシルバーだ。
彼には、俗称がある。
最近、それが変わったのでちょっとアイデンティティの危機を感じなくもない。はっきり言って、以前の俗称の方がリズム感はよかったんじゃないかと思っている。
ちなみに、彼の特技は「オレオレ」っていう巧みな話術で老人のタンス預金を引き出すことである。意外と戦闘力高いよ。