第20回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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漆黒の賢者
投稿時刻 : 2014.08.17 18:54 最終更新 : 2014.08.17 18:57
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- 2014/08/17 18:57:32
- 2014/08/17 18:54:20
漆黒の賢者
白ヶ音雪


「それ」がいつから存在していたのか。
 本当に存在するのか。
 人は知らず、また知ろうともしない。
 【賢者】と呼ばれる存在がいた。古より更に遥か昔、創生の世より三つの目で世界の命運を見届け、時に人ひとりの運命を変えるほどの力を持つ3人。

  その中のひとりが、【漆黒】だ。

  人に似た容貌。
 けれどそれが人では決してないことは、頭のから伸びる歪んだ双角と、【漆黒】の名に相応しい闇色の肌を見れば一目瞭然。
  滑らかな黒曜石の光沢を放つ皮膚の、掌に一つ。人にない第三の目が開く時。それが人の命を奪う瞬間なのだと言う。


  死の間際、賢者の掌にある金色の瞳を目前にかざされ、人々は命の終わりの恐怖に断末魔の叫びを上げる。
  故に恐れられる漆黒の賢者。
  だが、彼は本当に自らの意思で人間の命を奪うのであろうか。
 
   ある老婆は語た。
   
  まだ老婆が少女と呼ばれていた昔のことである。
  彼女は生まれつき病弱で、あと一年も生きられないだろうと言われていた。
  寝たきりの生活。ごくたまに調子の良い日は、森の中へ分け入て好きな花を摘む
  日々。
  そんな彼女は、ある時森で傷ついた一頭の黒い鹿と出会た。


  脚からは沢山の血が出ており、見ているほうが痛々しくなるほどである。
  少女は堪らずその鹿を保護し、丁重に手当を行た。
  看病の甲斐あて鹿は瞬く間に回復し、元気に森を駆け回るほどになた。
  少女は鹿を「友」と呼び、鹿もまた少女に懐いているようであた。


  数日後の夜。彼女は夢を見た。


  枕元に立つ黒い肌の異形。
  少女を見下ろす、底なし沼のように真黒で真暗な双眸。
  そこで恐怖に慄き、叫んでも良かたはずだ。
  けれど少女は、不思議とそれを「怖い」とは感じなかた。


  それは、しばらく少女を見下ろしていたが、やがて右手をすと上げ、少女の額へかざす。
  開かれようとした掌、けれど開くことはなく、握りこまれる。
  その隙間から。眩く輝く黄金色の光を見たと思た瞬間、少女の意識は遠のき、そこで途絶えた。


   声を聞いた気がしたのだと、かつて少女であた老婆は語る。

  低く、重く、少女の知るどんな声とも違う、脳を直接震わせる不思議な声を。

   生きよ。




  少女はその後幸せな結婚をし、天寿を全うした。
  死の間際、彼女は微笑みながら空を見つめ、こう呟いたと言う。
  ああ、お前なのね。…会いたかたわ。これまでありがとう。


【漆黒】は時に、傷ついた獣の姿で現れる。
それは彼が摂理に反し、人の命を救た後とも言われている。
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