曇天
御殿場駅の駅前広場で地元の女子高校生ふたりがベンチに座
って話をしている。僕は沼津からの帰りで、夕刻に発車するロマンスカーを待っている。切符を買うついでにその駅前広場にある公衆トイレで小便をしてきたところだ。
富士山は雲の向こうに隠れてしまっている。僕は晴れた日に撮った富士山の写真が掲示してある案内図を見つける。駅前にいくつかビルが建っているとはいえ晴天ならばかなり近くに見えるようで、僕は残念な気持ちになる。
僕は曇天を恨めしく見上げつつ、彼女たちが座っている場所の隣にあるベンチに座った。
盗み聞きするつもりなどなかった。たまたま聞こえてきただけだ。
「本当の話なの?」
ショートヘアの子が絞り出すように言う。ポニーテールの子は力なく頷く。
「どうしよう」
すすり泣くような声が聞こえる。「こんなこと誰にも言えないよ」
僕は腕時計を見る。
「でも、ひとりじゃ何もできないでしょ?」
ポニーテールがコクンと揺れる。少し昔に流行ったアニメ的センスのセーラー服が震えているように見える。
それからしばらくふたりは声をなくした小鳥のように黙りこくっていた。
時間はゆっくりと次の時間を連れてくる。時計の秒針がウサギみたいに長針と短針を追い越していく。空は少しずつその色を消していく。
「彼に、話したほうがいいと思う」
ショートヘアの子は意を決したようにそう言い、唇を噛み締めた。「言えないなら、私が言う」
ポニーテールの子が何か言ったような気がしたけれど、僕にはよく聞き取れなかった。僕は腰を上げ、胸ポケットから潰れたセブンスターの箱を取り出して数メートル先にある喫煙所に向かう。
彼女たちの声はもう聞こえなかった。
僕はさっき買い求めた切符で改札を通り、ロマンスカーの上等な椅子に座る。
ふと、今となってはだいぶ昔に起こった出来事を思い出す。僕の妹が起こした重大で深刻な出来事を。
僕は彼女を思い出す。
そして僕は、誰にともなく祈りを捧げる。