魔法少女☆胸キュン大作戦
私立、麗ノ宮高等学校。
そこに通う高校二年生の、どこにでもいそうな三人の少女たち。
彼女たちこそ、人知れず悪と戦う魔法少女たちだ
った!
なんとなくアルコール臭の漂ううさんくさいペンギンにスカウトされた彼女たちは、日々、人類を脅かす敵と戦っていたのだった。
若さと持ち前の元気さで幾度もの戦いを乗り切ってきた彼女たちは、夏休みを目前に、壁にぶち当たっていた。
魔法少女として彼女たちが活動を始めてからかれこれ三ヶ月。悪を打ち破る彼女たちのパワーが、ここ最近、伸び悩んでいたのである。
このままでは敵に乾杯するのも時間の問題だと、酔いどれペンギンは少女たちに警告した。今後さらなる敵と戦うためには、さらなるエネルギーが必要だと。
敵と戦う代わりに、彼女たちはなんでも一つ、願い事を叶えてもらう約束をしていた。敵が倒せなくなるのは困ってしまう。
かくして、少女たちは放課後の教室で、作戦会議を開くのだった。
さて、と会議をスタートさせたのはメガネ少女、ミナカミだ。
「『魔法少女☆ペンギンシスターズのパワーアップ大作戦』会議を始めます」
パチパチパチ、と残り二人の少女たちは拍手した。
「……って、言ってもねぇ」
ボーイッシュが売りのサバサバ系少女、アキは頭の後ろで手を組んでのけぞった。
「パワーの源、『恋するエネルギー』なんでしょ? どうしろっての? ナンパでもして彼氏作る?」
ナ、ナンパだなんて! とふるふるしたのは四菱物産のご令嬢、世間知らずのお嬢様系少女、ハナエだ。
「不潔! 軽すぎ! 恋はもっと清らかで美しくあるべきだよ!」
「そんなこと言ってるからお前はハナエなんだよ」
「かくいうアキさんは、彼氏いない歴十七年ですよね」
ミナカミの言葉でアキは黙り込んだ。
「……まぁでも、ハナエさんの言うことにも一理あります。あの酔っ払いペンギンも言ってたでしょう? 『恋する乙女のピュアな心がエネルギーを生む』って。あんまり軽薄なことはしない方がよいかもしれませんね」
「でも、どうすんだよ。このままだと、四天王その3にやられそうだぜ?」
ペンギンシスターズはこれまで負け知らずだったが、先週末。三人目の四天王、ガイコツ野郎に初めて敗北したのだった。
「アキさん、幼なじみの中林くんとは最近どうなんですか?」
ミナカミの突然の質問に、アキは顔を赤くした。
「な、なんであいつのことがここで出てくるんだよ!」
ハナエは手首にはめていた三人おそろいのリングをアキに向けた。
「あ、アキちゃん、若干ですが数値が上がってるよ?」
「アキさんはいいですね、わかりやすくて」
「うるせー! そういうミナカミはどうなんだよ! 竹田先生と進展はねーのか?」
「独身とはいえ、先生は立派な大人ですからね。子ども扱いされないよう、私は配慮に配慮を重ねて接しているんです。すぐに好きだなどと悟らせません」
ハナエは今度はミナカミにリングを向けた。
「うーん、ミナちゃんは数値上がらないなぁ」
「自分を律することに長けてますので。そういうハナエさんは、最近はどうなんですか? 先月、三組の狭間くんに告白してOKをもらっていましたよね?」
「え、そうなの? なんだよお前、教えろよ! 水くさいじゃねーか!」
「狭間くんはもう終わったんだ」
「おまっ、私に話す前に勝手に終わらせてんじゃねーよ!」
「今は一年生の田崎くんと付き合ってるよ☆」
「なんだお前! お前の方がよっぽど『不潔』じゃねーか!」
「あたしは清く正しいお付き合いしてるもーん」
ミナカミはハナエにリングを向けた。
「ハナエさんもあまり数値は変わりませんね。恋愛に慣れすぎもいけないということですか」
「数値が変わったのはアキちゃんだけだね。ねぇ、この際、とりあえずアキちゃんのパワーを上げる方法をあたしとミナカミで考えない?」
「そうですね。全員の数値を上げるより、とりあえず数値を上げやすいところから攻略した方が確実かもしれませんね」
「……お前ら、人のことザコだと思ってんだろ?」
「ザコだなんてとんでもない」
「それでそれで? アキちゃん、どうしたらキュンキュンする?」
「『キュンキュン』ってお前、こっ恥ずかしいこと訊いてくんなよ!」
「アキさんは、中林くんと何をしたら『キュンキュン』するんですか?」
「頼むから、ミナカミまで『キュンキュン』とか言うな」
「じゃあ、ほかにいい単語ありますか? 『鼓動が速くなって胸が高鳴り世界が輝いて見える心持ち』とでも表現したらよいでしょうか?」
「……『キュンキュン』でいーよ……」
「閑話休題です。アキさん、中林くんに告白するのはどうですか?」
「なっ……ふられたらどーすんだよ! 魔法少女に変身すらできなくなっちまうかもしれないだろ!」
「それは困りましたね」
「そんな心配いらないと思うけどなー。アキちゃんと中林くん、すごく仲良しじゃん」
「仲良しも何も、ケンカしてるだけだろ」
「遠巻きには、犬がじゃれ合っているようにしか見えませんよ?」
「とにかく、私とあいつはそんな雰囲気になったことなんてないんだって!」
「うわー、すごいすごい! どんどん数値上がってるよ!」
「勝手に人の戦闘数値計ってんじゃねー!」
「でも、告白して付き合うことになったとしても。お二人の場合、ケンカを繰り返してしまいそうですね。そのたびに数値が下がってしまうのでは意味がありませんので、やはり付き合う手前くらいの状態で、アキさんの『キュンキュン』を最大限に高めてあげる方法を考えるのがよさそうですね」
「アキちゃん、チューしちゃいなよ!」
「付き合ってないのにできるか、んなこと!」
「キスですか。悪くはないですね。でも、私たちが高校生という身であることを考えると、それは最後の手段にしておいた方がよいかもしれません」
「なんで?」
「それ以上先に進むと、少々世間の視線が……一応、私たち魔法“少女”ですし……」
「これ以上言うな!」
「あくまで私見ですが、キスをしてしまうと、今考えうるパワーの上限に達してしまう可能性が捨てきれません。その前に、もう少し細かく『キュンキュン』を稼いで段階的に数値を上げたいところです」
「手をつなぐのは?」
「初々しくていいですね。アキさん、どうですか? 中林くんの手を掴むのは?」
「……腕相撲ならよくやってるけど……」
「却下ですね。ハナエさん、ほかに何かありますか?」
「あとはそうだなぁ……あ、『壁ドン』は?」
「何それ。親子丼の仲間?」
「アキさん、私たちは恋するエネルギーをパワーにしてるんですよ。少女漫画の一つくらい読んだらどうですか」
「バトル漫画の方が好きだ」
ほら立ってください、とミナカミはアキを引っぱり、壁際に立たせた。そしてアキの顔の横に手をつき、至近距離でアキを見下ろした。
「これが『壁ドン』です」
「はぁ……」
「相手を壁に追いやり、退路を断つ少女漫画の王道的手法です。このまま告白したり、キスをしたりするのもありです。相手の目を見つめて『俺以外誰も見るな』などといった歯の浮きそうなセリフを吐くのもオススメです」
「はぁ……」
「中林くんと、こういうシチュエーションになるのを想像してみてください」
アキはしばし至近距離にあるミナカミの顔を見つめ、そして顔を赤くした。
「ハナエさん、アキさんに『壁ドン』は効果がありそうです」
「ほんと? いいねいいねー。あたしも『壁ドン』されたーい。田崎くんにやってって頼もうかなー」
「こういうのは、付き合ってもいない男性に突然やられるからよいのでは?」
「あー、そうだね。じゃ、あたしは無理かぁ」
「……あの」
心持ち顔を赤くしたまま、アキは二人に問いかける。
「盛り上がってるとこ悪いけど。これ、別に私らが盛り上がったって、相手がその気にならなかってくれないとまったく意味がないよね?」
「大丈夫です。そこら辺は私がうまくやりますので」
「うまくやるって、どうやって?」
「それはアキさんには秘密です」
ミナカミはにっこり笑って。
「それでは、作戦会議はこれにて終了としましょう」
「えぇぇ、こんなんでいーのかよ!」
「おっつかれさまでしたー!」
アキが学校を出て行ったのを確認して、ミナカミとハナエは校舎に戻