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第23回 てきすとぽい杯
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誰も知らない物語
 投稿時刻 : 2014.11.15 23:47
 字数 : 2731
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誰も知らない物語
永坂暖日


 ここに一冊の本がある。本、と言うよりは厚さ的にノートかな。表紙も単なる厚紙だしね。
 めくてみよう。白紙だね。正確に言えば、罫線はあるけどまだなにも書かれていない。
 やぱりノートのように見えるね。これに名前を書かれた人は死ぬ、的なノートではないよ。
 これはノートのように見えるけど、ノートじない。これから成長していく本だ。
 ここにこれから記されるのは、ある一人の女の人生。女の身の上に起きることが多ければ多いほど、長く生きれば生きるほど、本のページは増えて表紙の厚みは増していく。男のその時々の感情に合わせて書体や色、ページの色も変わたりする。眺めているとなかなかおもしろいものだよ。最終的に、表紙の色も変わてくる。
 そう、この部屋の書架に収められている本はすべて、誰かの人生が書き留められた本だ。実に色とりどり、厚さも様々だね。
 そして、わたしはここの司書。本の整理や保管、管理をするのが仕事だ。新しい本は、いつの間にかこの机の上にぽんと置かれている。そのときはまだ、この通りなにも書かれていないから、管理のしようもない。表紙にタイトルとなる人物の名前が浮かび上がるまでは、わたしの机の引き出しで保管しているんだよ。
 でも、この本もいよいよ書架に収めるときがきたね。タイトルは――君の名前だ。

   ●

 誰も知らない物語。
 一日中カーテンの閉ざされた部屋にある本のタイトルだ。
 うちにある本はこれだけで、ほかに読むものがないから一字一句覚えるほど、繰り返し読んでいた。
 ここではない、どこか不思議な場所にある不思議な図書館と、そこを管理する司書の話だ。
 図書館にあるのはいろんな人の人生が書き記された本ばかり。その本を借りに来るのは神様たちで、本を読んで、その人を天の国へ入れるか、また人として生まれるようにするか決めるのだ。
 でもごくたまに、道に迷て図書館に紛れ込んでしまう生まれる前の人もいる。あるとき前の人生がさんざんだた女が迷い込み、次の人生が決まるまでの間ここで待つといいと司書に言われる。そして、これから自分の人生が記されるという本を見せられた。女は司書の目を盗み、そこに自分の望む人生を書き込んだ。
 果たして女は、彼女が書き込んだとおりの人生を送ることになる。新しく生まれたときには、図書館でしたことはすかり忘れていて、彼女はただ順風満帆な人生に満足して日々を送ていた。でもあるとき、司書が女の本の書き込みに気づいた。本に手を加えるのは重罪で、司書は決まりに従い本を燃やしてしまう。すると、女も炎に包まれて、永遠に消えてしまた。天の国へ行くことも、また人として生まれ直すことも許されないほどのことを、女は犯していたのだ。
 見せなければよかたと司書が後悔するシーンで、本を閉じた。
 薄暗い部屋の真ん中に転がり、本を胸に抱く。
 このまま消えてしまいたい。この本のような図書館がどこかにあて、生まれる前の自分が勝手に書き込みをしていたらいいのに。
 でも、そんな訳ないか。書き込めるのなら、もとずとましな人生にしている。昼間でもカーテンをしかりと閉め、明かりもつけてはいけない部屋で一日を過ごす、そんな人生をわざわざ自分から選ぶはずがない。
 母は、女手一つでわたしを育てている。学歴も技術もない母が二人分を稼ぐのは大変で、朝早くから夜遅くまで、いくつも仕事を掛け持ちしていた。
 わたしも外に出てバイトくらいできる歳だけど、母はわたしが部屋から出るのを許してくれない。母は恐れているのだ。父がわたしを見つけ、連れて行てしまうのではないかと。
 わたしが生まれる前から、父の家庭内暴力はひどかたらしい。わたしが生まれてもそれは変わらず、母はわたしと自分を守るため、父から逃げた。居場所を知られないため離婚届は未だに出していない。
 いままで何度か引越しをしていて、それは父に見つかたかららしい。小学校の五年生までは学校に通ていたけど、六年生にあがる前に引越しをして、それ以来学校には行ていなかた。母が、行かせてくれなかた。
「あんたが外を歩いてるのを、お父さんがきと見ていたんだ」
 だから見つかて、引越しをするしかない。
 だから見つからないように、もう学校に行てはいけない。
 だから近所の人にも知られないように、もう外に出てはいけない。
 五年、わたしはほとんど外に出ていなかた。
 母以外の人と話すこともなく、その母も家にいる時間は短いからあまり話をしない。母がいないときに部屋に人の気配があてはいけないから、テレビをつけるのもダメだと言われている。スマホはもちろんインタートもない。ネトの上で誰かとつながることもできず、わたしは世界から忘れ去られた存在だ。
 いつになたら外へ出ていいのだろう。出ることも許されず、誰にも知られていないわたしという存在は、果たして本当に実在しているのだろうか。自分自身でさえ疑わしくなるときがある。
 わたしはまた本を開いた。
 図書館の本を読むのは神様たちだけど、たまに、司書も本を手に取ることがあた。ほとんどは、生まれる前に図書館へ迷い込んでしまた人の本。彼らが無事に人生を送れているか、確かめているのだ。
 これは空想の物語だ。図書館も司書も本も架空の存在。だけど何度も何度も何度も読み返しているうち、これは本当のことなのではないかと思うようになていた。
 母と話すことさえほとんどなく、こうやて寝転がて息を押し殺し、空想するしかないのだ。空想と現実の境は少しずつ曖昧になていく。
 図書館にはわたしの名前がタイトルになている本があて、わたしは生まれる前に図書館に迷い込んだことがあて、司書はわたしが幸せになているか、ふと思い立て本を開いてみる。きと司書は目を丸くする。わたしが生きた年月に比べて、本に書かれていることは驚くほど少ないのだから。
 誰からも忘れられ、日がな一日寝転がて過ごすわたしを哀れに思い、司書は羽ペンを手に取ると、わずかに震える手で、わたしの本に書き加えるのだ。

   ●

 図書館の本を読んでいいのは神々だけ。本当は司書のわたしも、中身をじくり読むのは許されていない。それでも、時空の片隅で一人図書館の管理をすることに免じて、わたしの密かな楽しみには目を瞑てもらていた。
 だけどさすがに、本に書き込みをするのは許してもらえなかたようだ。
 不正な書き込みが見つかた本は、わたしの手で燃やしてきた。
 わたし自身が不正をした場合は、自然に炎が出るものらしい。本と、わたし自身から。
 炎に包まれ、薄暗い部屋で誰からも忘れられて消えることを望んでいた少女の本が、灰に変わていく。わたしの体も、少しずつ灰に変わていく。
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