明日、広島で起こる出来事
明日は総選挙だ。俺は子供の頃から、「選挙で自分の名前を書いてみたい」という願望があ
った。実際、二十歳になって初の選挙で俺は投票用紙に自分の名前を書いたのだった。その年は統一地方選があり、広島市長、広島市議会、広島県知事、広島県議会の選挙が行われたばかりでなく、夏には衆参同日選挙もあった。俺はもちろん、全部の選挙で自分の名を書くつもりだった。たけど、問題があった。その時の参議院選挙から、全国区がなくなって比例制が導入され、政党名を書かなければならなくなったのだ。今はなくなった制度だが、その時の俺は自分の所属政党として、悩んだあげく「ジャパン右翼党」と書いた。急ごしらえにしては、素敵な名前である。
月日は流れた。今度の総選挙は、私の娘の選挙デビューの日である。一昨日、家族でささやかな誕生パーティーを開いた時、「二十歳になっていきなり選挙なんて恵まれてるわ」とケーキのキャンドルの火を吹き消した娘は感慨深げにつぶやいたのである。
「しかも、自分の父親に投票できるなんて」
「俺には投票しなくていい」
俺は選挙で自分の名前を書くだけには飽きたらなくなり、次は「自分に投票する姿をニュース番組で流してもらうこと」に憧れを抱くようになり、はたまた「池上彰の特番でボケ倒し激しい突っ込みを入れられること」を夢見るようになっていた。だから、今度の選挙には立候補してみた。なあに、うちの選挙区は保守政党の地盤が強く、しかも選出代議士は派閥の長であり、現役の外務大臣である。俺が立候補したところで無風区であることに変わりはない。
「でも私、お父さんが当選した夢を見たの。予知夢っていうのかしら。こういうのって当たるのよ」
「いったい何があったら、俺が当選するんだね?」
「さあね、ふふふ」
選挙の前の晩、twitterを眺めていたら、なぜか私の名前が「HOTワード」に上がっていた。その隣には「比古もも香」。もも香? きっと偶然だろうが、うちの娘と同じ名前である。なぜ、俺がtwitterで話題に? しかも、娘の名前まで……。
「成果は上々よ。お父さん」
俺の部屋をいきなり訪ねてきた娘は自慢気に言う。
「何かあったのか」
「自分で言うのも何だけど、私って伝説のブロガー・もも香、だから。さっきようやく自分が比古彦太郎の娘であることをブログに書いたの。当選するかもよ、お父さん」
「気持ちだけは感謝しておくよ。ありがとう、桃香」
そういえば、そんなハンドルネームの伝説ブロガーの名前を聞いたことがある。原発やカープの裏事情に詳しく、政治的なネタもそこそこ好評らしい。惜しむらくは、父親である俺が未読であるという点だ。
翌日、それまでとは打って変わって俺に対するマスコミの取材が増えた。娘も引っ込み思案な妻に代わって、俺にまとわりついてくる。もちろん、その様子はニュースで流れ、テレビ映りがいいのか、娘はたちまちネット上のカリスマからお茶の間のアイドルとなっていた。
夜になった。八時の開票開始と当時に、うちの選挙区の現役代議士の当選が決まった。負けた。当然であろう。相手が強すぎる。しかし、娘が応援してくれたこともあり、俺はちょっと嬉しかった。今回ばかりは自分の票だけではなくて、娘の票も入ったと思うからだ。たった二票では選挙管理委員の人も、票を束ねるのに大変だろうが、俺には十分だった。
テレビを離れ、俺はウイスキーを片手に部屋でくつろいでいた。もう選挙に出るのは、これで最後にしてもいいだろう、などと考えながら。
そこへ娘が入ってきた。「お父さん、おめでとう」と言いながら、俺に花束を手渡そうとする。
「何、どうした?」
「中国ブロックでジャパン右翼党の議席が決まったの」
俺は思い出した。似たような話ではなく、ちょっと別な話なのだが……。
アメリカの大統領選でキング牧師、すなわち「マーティン・ルーサー・キング・ジュニア」はケネディの応援をしなかったが、同姓同名の父親の牧師「マーティン・ルーサー・キング」が応援したおかげで、ケネディは接戦を制することができた、というエピソードを。