第24回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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2度目の契約
みお
投稿時刻 : 2014.12.13 23:04 最終更新 : 2014.12.13 23:57
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- 2014/12/13 23:57:42
- 2014/12/13 23:04:46
2度目の契約
みお


「ちうど年末ですし、色々と片付けたいことがあるのですが……
 と、望子から言われた時、私は最初、何を言われているのか理解できなかた。
 ああ。そうか、大掃除か。CMでも散々言ている、今年の汚れは今年のうちに。
 昨年もその前も、そのずと前も私は年末といえば仕事ばかり。仕事人間、仕事をする男は美しい。そんな風に言われた時代だ。一家の大黒柱は掃除なんぞしなくていい、そう言われた時代だ。そんな意見に流されて、一度も手伝いなど出来なかた。
 しかし今年から私は気ままな定年の身。動いた方が、健康にも良さそうだ。
「そうだな。力仕事は私がやろう。お前はそうとうガタが来ているから」
 ガタ、というところを意地悪く言てやる。いつもなら可愛らしく頬を膨らませ「酷い人」と私を叩くのが常だた。
 しかし今回の望子は違う。神妙な顔をして、私の顔を見る。
 ガタが来ているといたのは、嘘だ。望子はいつまでも綺麗だ。大きな目、小さな唇、白い皮膚。艶やかな髪。ガタが来ているのはむしろ私の方である。
 昔は並んで歩けば、綺麗な奥さんですね。などと言われた。しかし、今では、綺麗なお孫さんですね。と言われる始末。
 そうだ、私ばかりが年を取る。
「そうです、私はもうガタが来ているのです」
 望子はにこやかに微笑んだ。
 そして、目の前に一枚の紙を出して見せた。それは、一枚の契約書。もうずいぶんと古い。黄色くなて、折れて破れて、染みまである。
 それを彼女はそと、差し出した。
……暮れていきます。年も、人もロボトも。私のパーツを作ていた工場が、潰れるそうなのです。私が壊れた時には、二度と治りません」
 そして彼女は、左手の薬指にはめていた指輪を外す。それを一度だけ、彼女は胸に抱きしめた。
 指が震えている。白くて細い指だ。
 彼女が生まれたのはもう何十年も昔。人の形をしたロボトもどきは既に市場に出回ていたが、どれも心など持たなかた。 
 心を持たロボトは彼女が初だた。何が作用したのか、今ではもう分からない。言語を司るプログラムか、それとも表情を司るプログラムか。
 仕事人間だた私は、その奇跡に歓喜した。売れる。金になる。いや、世界的な賞を取れる。と、はしいだ。まだ若い血だた。
 しかしその発明は、発表と同時に世界に拒絶された。
 人を作てはならぬ。私が信じていない神を信じる学者が、総出で私を叩いた。
……望子」
 私はその時、はじめて憤た。自分の発明品を貶されたせいではない。気持ちの悪い生き物だと望子を罵る世界に対して、怒た。
 しかし、世界は私を糾弾し続けた。
 結局、私は数少ない友人達の助けを得て姿を消した。そして名を変え姿を変え、そして相変わらずロボトに関わる仕事についた。それ以外、特技も技能もなかたためだ。
 世界的には、望子を作た私という学者は消えた。
 代わりに誕生したのは、無難なロボトを作る平凡な学者である。
 様々に作たものだ。人の形を取らない、無機質なロボトばかりを。電車で終電を案内するロボト、エレベーターのスイチを押すロボト。
 いずれも今では世代遅れと馬鹿にされているが、それら様々な機能は今のロボトの礎である。
 姿を隠す際、望子を伴たのはなぜか。望まれる子だと名前を付けてやたのはなぜか。
 分からないが、私は彼女と一枚の契約を交わした。
 婚姻ではない。私は彼女に同情こそすれ、恋情は抱いていなか……当時は。
 私はメモ用紙に乱雑に、文字を連ねて彼女に託した。
「望子を最後まで守る」
 契約書である。
 ただ彼女はロボトらしく、その期限を訊ねた。困た私は、渋々一行を書き足した。
……壊れるまで。と、ここにあります。ほら、みてください」
 望子はそう言て契約書の一文を指し示す。
 そして、指輪の外された薬指を差し出した。そこに、小さな穴が開いているのが見えた。皮膚が欠けたのだ。
 彼女の薬指は長らく指輪に隠されていた。だから私も、気付かなかたのだ。
 指輪は彼女を作たときに削り出した金属片。無骨なリングを、契約の代わりとした。
「1つ欠ければ2つ欠けて、3つ4つと欠けていきます」
 だから私を、廃棄してください。と彼女はいた。
「もう、契約が切れますから」
「望子」
「冷えますね」
 温度機能など持たないはずの彼女が微笑む。
 そして軽やかに立ち上がた。スカートが揺れて足が動く。しかし、動揺しているのか、その足の動きはいつもよりぎこちない。
 心の作用を私は感じた。彼女のどこが壊れている? 心は完全に動作している!
 私は彼女が台所に消えたのを見計らい、ペンを急いで取り出す。そして、契約書に2文字、書き足した。
「これが最後の給仕になるかもしれません。お好きでしたでしう」 
 しばらくして彼女が差し出してきたのは、一杯の熱いカフラテ。濃いエスプレソの香りとミルクの香りが混じり合う。
 それに添えられたステクシガーは二本。そうだ、私は甘い珈琲が好きだた。
「一度くらい、美味しいて飲んでみたかた」
 望子の目が揺れる。しかし涙は出ない。涙腺がないからだ。しかし、その目は泣いている。
 私は2本とも砂糖を入れてしまうと、その殻袋を望子に差し出した。
……望子、私の真似をしてみなさい」
 望子は昔、私の真似ばかりしていた。飲めない癖に珈琲を飲んで、口を故障させることもあた。
 彼女は私の動きをしかりとコピーできる。
 私はゆくりと、シガーの袋をコヨリのように細く丸める。そして、その先と先を繋げて大きな輪とした。
 望子も、同じように真似をする。
 そして、それを私は彼女の左手の薬指にそとはめ込んだ。
……
「真似をして」
 驚く彼女に優しく促す。望子は、震える手で私の指に輪を通した。
「契約書を見なさい」
……はい……?」
 古くさい契約書だ。すかり文字の掠れた契約書に、一部分だけ明瞭な黒い文字がある。
 それを読んで、彼女は目を見開いた。
……はい」
 そして、紙の指輪を握り締めた。 
……はい」
 俯いた彼女の肩が揺れる。私はその肩を二度叩いた。
「そんな穴くらい、私がいくらでも埋めよう」
 契約書に足された文字は、”心が”。
 心が壊れるまで、望子を守る。
 契約書を丁寧にたたみ直して私は彼女に託した。
 そしてすかり冷めたカフラテを飲み込む。
「今日のカフラテは、甘いな」
 これを飲み終わたら掃除をしよう。徹底的に、綺麗にしよう、
 彼女と迎える、数十年目の年末。数十年目の正月。
 甘い湯気の向こう、今にも泣き出しそうな彼女の顔が見えた。
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