てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 9
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水底から。あぶくを見つめて
(
大沢愛
)
投稿時刻 : 2015.01.11 21:54
最終更新 : 2015.01.11 22:24
字数 : 9998
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更新履歴
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2015/01/11 22:24:23
-
2015/01/11 21:54:06
水底から。あぶくを見つめて
大沢愛
高校に入
っ
て、私は中学校から続けていたソフトテニス部に入部した。仮入部期間に見た限りでは立ち止ま
っ
てのストロー
ク練習を漫然とや
っ
ていた。キレのあるト
ッ
プスピンを打てる先輩もいたけれど、脹脛と膝上の筋肉は走るたびに揺れていた。中学時代の貯金をゆ
っ
くりと食いつぶしている感じが、けたたましい笑い声の目立つコー
トに馴染んでいた。
高校のグラウンドもテニスコー
トも、中学に比べて異様に水はけがよか
っ
た。朝の七時まで雨が降
っ
ていても、止んで二時間も経てばあ
っ
という間に水が引いて行
っ
て、九時開会の体育祭が挙行できた。海岸線は一キロほど南にあるけれど、かつてはこの一帯は海で、砂浜に変わり、陸地にな
っ
たそうだ。降り続いた雨水は砂浜の層を梳いて古代の海底へと吸い込まれるのかもしれない。地面を歩いていると、顔の高さに幻の海面が波打
っ
ている気がした。
入部早々、経験者であることを買われて、三年生の茂野先輩とペアを組むことにな
っ
た。茂野先輩は私よりも長身の前衛だ
っ
た。手足は長いけれど積極性はいまひとつで、決めて欲しい球を平然と見送る。しかもときどき振り向く癖があ
っ
て、相手前衛の動きから目を切
っ
てしまうおかげでボレー
をあ
っ
さりとスルー
してしまう。それらすべては後衛である私が走り回
っ
て拾うことになる。通常、後衛は前衛の四倍は走らなければならないと言われているけれど、茂野先輩とのペアに限
っ
て言えば十倍は走
っ
ていたと思う。相手が先輩でなければ間違いなく大喧嘩をしたはずだ
っ
た。三年生のペアの中でひとりだけあぶれてしま
っ
たのは後衛全員に嫌われたからではないか、という気さえした。
形骸化した伝統で、試合後は顧問の前で講評を受ける。素人の顧問は疲れ果てている私を見て「も
っ
と走り込んでスタミナをつけろ」「漫然と返すのではなく一球ごとに考えて返せ」と言うのが常だ
っ
た。一度、「マナー
をきちんと守れ」と言われたことがある。試合後にネ
ッ
ト前で礼をするとき、疲労困憊していてお辞儀が浅か
っ
たらしい。何も言い返さず、はい
っ
、と返事した。とろんとした丸顔で頭頂部は薄く、ジ
ャ
ー
ジの腹部もたるんでいる顧問は、休日の試合会場にいること自体が間違
っ
ている気がした。それでも顧問が同伴しなければ試合に参加できないし、部活動としても成立しない。座
っ
ていてくれるだけで部にと
っ
ては意味のある顧問に反論したところで混乱させるだけだ。責めるべきはコメントを求める伝統そのものだ、と自分に言い聞かせていた。隣の茂野先輩には「確実に決めているな」という評だ
っ
た。ボー
ルを目で追
っ
ていれば、ほとんどボー
ルにかかわらない茂野先輩のプレー
は目に入らない。本当に稀にボレー
を決めた場面だけが強く印象に残る。茂野先輩は、は
っ
きりとした声で「はい
っ
、ありがとうございます
っ
」と一礼する。頭のなかは一秒でも早くスポー
ツドリンクのボトルを銜えることだけだ
っ
た。しばらく休めば回復できる。木立のそばに敷いたシー
トの上で腹筋開始の仰向け姿勢のままぼんやりしていると、愛莉ち
ゃ
ん、と声がする。茂野先輩の赤いジ
ャ
ー
ジが目に入る。隣に腰を下ろす。「今日もごめんね」と言いながらステ
ィ
ッ
ク包装の煎餅を差し出す。謝るくらいならも
っ
と動いてくださいよ、と言い返してしまうと、茂野先輩は萎縮してますます動けなくなるばかりか、いままで決めていたボレー
すらミスするようになる。いただきます、と煎餅を受け取る。口に入れると、塩味が渇きを擦りたてる。縮み上が
っ
た喉を宥めるように、噛み砕いてすこしずつ飲みこむ。見ると、茂野先輩はうつむいて煎餅をゆ
っ
くりと嚙んでいた。お腹がすくほど動いていないのか、それとも気に病んでいるのか。ほ
っ
そりとした二の腕がかすかに撓む。苛立ちが物寂しさに沈んで行く。「次はがんばりまし
ょ
うよ」とだけ言
っ
て、もう一枚、煎餅を受け取る。茂野先輩はや
っ
と笑顔になり、うん、とうなずく。他の子たちが同級生同士でペアを組み、残り二年あまりの部活動を盤石にしている間、私はそんなふうにして過ごした。
国体予選が終わると、三年生は引退する。そして私はパー
トナー
がいなくな
っ
ていた。ソフトテニスの場合、コー
トに出ると基礎打ちからゲー
ム練習に至るまでペアが基本にな
っ
て展開する。まわりの子たちは初心者も含めてすでに同学年同士でペアを作り上げていた。私の学年と引退した三年生は奇数で、二年生は偶数だ
っ
た。顧問の先生は競技経験がなく、選手登録と試合引率とを機械的にこなすだけでペアや練習内容にはノー
タ
ッ
チだ
っ
た。ペアの組み方にまで手を突
っ
込めば学年内で不満が爆発する。トレー
ニングとロー
テー
シ
ョ
ンの基礎打ちまでは参加して、ゲー
ム練習が始まるとコー
トサイドで球拾いをしたり、フ
ェ
ンスの外周を走
っ
たりした。校舎の壁に取り付けられた時計に目を遣る回数が増えてい
っ
た。
二年生の主将からグラウンドの端に壁打ち用のボー
ドがあると聞いて行
っ
てみた。サ
ッ
カー
部の練習箇所のさらに奥の、生い茂
っ
た雑草の向こうに古びた黒板に似たボー
ドが見えた。夏の陽射しを背中に受けながらの草抜きの日々が始ま
っ
た。中学時代もコー
トの草抜きはさせられた。葉だけをちぎらず根を抜き取れ、と言われたけれど、もともと整備が行き届いているコー
トに生える草は根を張り巡らせるまもなく取り除かれた。でも、ボー
ド前の放置された草叢は格が違う。素手では無理だと見切りをつけて、日焼けした顔に髭の似合う校務員さんに頼み込んで鋸鎌と三角ホー
を借りた。サンバイザー
を被
っ
て作業を始めると、頭髪越しに頭皮が焼かれる。日焼け止めを塗
っ
たはずの首筋が痛み始める。麦藁帽子に首タオルの合理性が身に沁みた。夏草の根に対して、三角ホー
の首はすぐに曲が
っ
た。校務員さんに泣きつくとバチ鍬を貸してくれた。確かにこれなら力負けすることはないけれど、とにかく重い。腰に力を入れてセイタカアワダチソウの根に打ち込み、梃子の原理で抉る。四十㎝四方ほどの土がめくれ上がり、四方に伸びた根が現れる。両腕の間に、顔から汗が滴り落ちる。中学時代の長袖ジ
ャ
ー
ジにゴム付き軍手、タオルと麦藁帽子で作業した。抜き終えた草はビニー
ル袋に詰めてゴミ置き場へと運ぶ。パンパンに膨らんだ七十リ
ッ
トル袋が屋根の下に積み上が
っ
てい
っ
た。
草の根に絡んだ土塊を叩き落としていると、白いかけらが散らば
っ
た。拾い上げる。脱色した貝殻だ
っ
た。気がつくと掘り返した土のあちこちからさまざまな破片が顔を覗かせている。ゴミ置き場で校務員さんに訊くと、ああ、このあたりは海だ
っ
たからいくらでも出て来るんだ、という。もしかして貝塚なんじ
ゃ
ないですか、と言うと、視線をそらせて仕事に戻
っ
た。母方の田舎の畑で貝塚が見つか
っ
たときには直ちに大学から先生やら学生やらが押しかけてきて、トラロー
プで囲
っ
て好き放題に掘り返した挙句、埋めもせずに帰
っ
て行
っ
たそうだ。ふるい落とした貝殻を見つからないように埋め直して、草取りを続けた。
主将からは、一人でやることはないよ、と言われた。大丈夫です、と返す。パー
トナー
がいればコー
トで練習するのが当然だ。草叢に埋もれて案山子コスでバチ鍬を振るうのは、あぶれた者の特権だ
っ
た。体育の先生に、何をや
っ
ているのか訊かれた。壁打ち用のスペー
スを作りたいんです、と説明すると、マネー
ジ
ャ
ー
の鑑だな、と言われた。がんばれよ、の言葉に笑顔を作
っ
てみせた。草の間に無数のごみが埋ま
っ
ている。コンビニ由来の袋や紙パ
ッ
ク、ペ
ッ
トボトルなどだ。分別して袋に詰める。草叢がなくな
っ
たら、これらのごみはどこに行くのだろう。暑熱と渇きで朦朧とした意識には、その先は浮かばなか
っ
た。
草抜きがボー
ドまで達して、次はボー
ドの整備だ
っ
た。剝離しかけたベニア板を想定していたけれど、一枚板だ
っ
た。塗装は剝がれていたけれど、ソフトテニスのボー
ルになら耐えられそうだ
っ
た。絡んだ蔓を除去して、校務員さんにいただいた油性ペンキを塗る。足場の緩みには石を嚙ませて固定する。ひさしぶりにラケ
ッ
トを握
っ
て凸凹の地面に立つ。思い切りスイングすると、板に当た
っ
たボー
ルが弱く跳ね返
っ
た。不整地でイレギ
ュ
ラー
なバウンドをするところを掬い上げる。機のないリター
ンが浮く。上から叩きつける。ボレー
ミスの弾道にラケ
ッ
トを合わせると、目を覚ましたみたいに鋭い打球が返
っ
て来た。左頰をかすめてグラウンドを転々とする。追いかけて走りながらふとテニスコー
トを見ると、何人かがフ
ェ
ンスに顔を押し当ててこちらを見ていた。
何日か経
っ
て、二年生の先輩が私に「壁打ちさせて」と言
っ
てきた。いいですよ、と返事すると、しばらく板を鳴らしたあと「バウンドがでたらめじ
ゃ
ん」と言う。体育器具庫前に置かれた錆だらけのロー
ラー
を引