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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 9
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破滅
 投稿時刻 : 2015.01.11 23:56 最終更新 : 2015.01.12 01:26
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破滅
木下季花


 「ジプシー」という名の合法ハーブをあまりにも大量に吸引してしまい、俺は呼吸が止まりそうなほど過激にトリプをする。視界がちかちかして楽しくなるような予感を覚えたのだけれど、すぐに目に映るものや感じること全てが恐怖に成り代わて、俺は蹲りながら「ごめんなさいごめんなさい死にます」と言い続けている、馬鹿みたいに何かに謝り続けている、そうやて何か圧しかかる恐怖の塊のような存在に向かて謝りながら、うまく息が出来ない感覚と、死が猛烈なスピードで目の前をよぎる不安感を覚えて股間をぎと握る。同時に途轍もない倦怠感とか、心臓をぎむぎむ握られるような悪寒とか、過去の嫌な事が唐突にフラクする感覚とか、俺の嫌いな血管の紫色の映像とかが次々と頭に浮かんできて嘔吐する、自分の吐瀉物を見ながら、俺はかすれ声で叫ぶ、苦しい苦しい苦しい、ヤバイヤバイヤバイ、死んだ方が遥かにマシだ! そんな性質の悪い絶望感が俺の脳内をひかきまわす。ダウナーなのかハイなのか分からない絶望。しかしその絶望と苦痛すらも麻薬のように体中を巡ている。体中がゾワゾワして、今すぐ誰かに殺されるような予感だけが続いている。バドトリプしてしまた時はいつもこうだ。俺は「あー」と呻き声をあげながら冷たすぎる廊下に寝そべり、阿呆みたいにドアを右手で開け閉めする動作を延々と続けながら、「俺が悪いです俺が悪いです」と言いまくていた。が、このような場合の対処法を俺は既に理解している。ハーブを吸い過ぎてしまたら、睡眠薬を飲めばいい。デパス辺りが良い。デパスは俺と相性がいいんだ。だから俺はそれを飲む、箱に入てる分量を全て、そしてそのままぐすりと28時間ぐらい眠ちまえば少しはマシになる。上手く眠りさえすれば絶望の波の一番高い所は過ぎ去て、起きた時には何とか立て歩けるレベルになる。女に電話をかけたり、ニコニコ動画を見たりできる。が、もちろん絶望の波は続くから、また死にたいだとか、今すぐ自分の首を絞めたいだとか、本当に生きているのが耐えられないくらい深い、常人には絶対にわからないだろう絶望が襲てくるんだけれど、それでもトリプしている時や効果が切れた直後のあのヤバい感じよりかは幾分マシで、俺はだからデパスを服用して30時間ほど眠た。そうして時間をやり過ごし、脳みそを全部齧られたような気分で起き上がる。
 そう言えば昨日、恐らく俺が眠ている間、本当はバイトに行かなくてはいけなかたんだと思い出す。先輩に紹介してもらたセクキバのキチの仕事で、もうこれでサボたのは二か月前の勤め始めから計十二回にも及ぶ。けれど、俺にとてセクキバのバイトなんか本当はどうでもいいことで、店長や先輩が困ろうが俺は全く気にしない。だから、俺は自分の都合で勝手に休んでばかりいる。しかし先輩は俺が何をしようが、いつだて俺を赦す。あの人はヤバい事ばかやていて、俺が店をサボたくらいで怒りはしない。ただ俺の事をよく可愛がてくれて、いろいろなハーブやクスリを紹介してくれたり、仕事先を紹介してくれる。
 チラと目に入たスマホの着信履歴を見ると、セクキバの店長から十一件もの着信履歴が入ていた。俺は面倒だと思い、そのままスマホを放り投げた。が、放り投げてはみたものの、なんだか無性に誰かと居たいという感情が唐突に湧いてきて、以前キバクラのスカウトをやていた時に見つけた、何でも俺の言うことを聞いてくれる性欲が強い女を呼ぶことにした。トルルルルル、トルルルル、トルル、おかけになた電話番号は、電波の届かない場所に、ブツ、なんで出ないんだよ、クソタレ。俺は電話を床に叩きつけて、糞が、と罵る。すでにアイツの濡れた秘所に入れることを想像して、勃ているのに、俺は行き場のない攻撃性を抱えながら、理不尽さを噛みしめる。
 俺は吐き気と開放感を同時に抱えながら外に出た。そこら辺にいる女に痴漢しようとか、スタンガンで痺れさせて犯してやろうだとかて考えていたのは昔のことで、今はそんなことしない。すぐにやれる女がいるからだ。例えば街中を歩いている意志の弱そうな女に、キチのバイトで鍛えた押しの強さを発揮すれば意外と簡単にやれる。ただやれるだけ、その女に性欲を発散するだけ、俺にとての女とはそういう存在で、もはや奴らには愛情なんて与えないし与えられないし、ただのオナホール的な商品価値しかない存在だ。
 俺は近くに住む、見た目は清純だが先輩に騙されてAVに出演してしまた女の元へ行くことを決める。そいつはAV出演によて己の変態性を開花させ、今では命令さえすれば俺の尻の穴まで綺麗に舐めてくれる。俺はその女が住むマンシンまでの、十七分ほどの道のりを歩き始める。俺は歩くのが好きだ、特にクスリが抜けていく時などは歩くようにしている、何故かはうまく説明できないけれど、思考が次々と流れて止まらない時は歩くのが一番いいんだ。
 女のマンシンが見えて来て、もうすぐ着くという時、路地を歩いていると前方から忌々しい高田が歩いてきた。金髪に今では流行らないような剃り込みを入れて、ジジ姿で、何故かバトを持て歩いている。馬鹿の見本市にそのまま出展できそうな高田。どうして馬鹿は揃いも揃てガムをくちくちと噛む習性があるのだろう。しかしいくら高田が馬鹿であても、俺はこいつから五万円を借りてそのまま逃亡してしまている。こいつが詐欺グループに居た時に、金持ちの親父を脅して百万円の収入を得たと自慢して来て、機嫌のいい高田からおこぼれを預かろうと、俺は口八丁でこいつから五万円を借りたのだ。それ以来、返す気もなく逃げていたのだが、まさかこんなところで再会してしまうとは!
「おい。おまえ吉井だろ」
 高田が手に握ている金属バドを地面に叩きながら俺を威圧する。こいつは漫画版ジイアンでもリスペクトしているのか、高橋ヒロシの描く漫画にでも出演したいのか、当たり前のようにバドを握ている。俺はハーブに犯されて空ぽになた脳みそで「いえ、人違いですけど」と言た。少し低めの声を意識して。元々俺の地声はキンキンするぐらい高い。しかし奴はそんなことでは騙されなかた。
「てめえ、俺の十万返せや」
 何でこいつの脳内では俺の借金が倍になているんだ。まさかこいつが利子なんて言葉を知ている訳もなし、ただの馬鹿だから貸した金額さえも覚えていないんだろう。しかし俺がこうやて、いくら脳内で馬鹿にしたところで意味がない。奴がその暴力性にて優位に立ち、俺が窮地に立たされていることには変わりがない。
「いや、返しただろう」
 俺は真剣な表情でそう言たが、その声は自分でもわかる程に震えていた。高田の持つバドが、日の光を反射して俺の目に突き刺さている。その感覚が痛い。逃げ出したい。
「あ?」
 奴は俺の胸ぐらを掴む。俺は阿呆みたいに「やめてください、やめてください、人が見てます」と言たが、馬鹿の高田はそんな事を気にしない。思いきりヘドバドをかましてくる。額に鈍い痛みを感じる。ああ、こうやて暴力を振るわれる瞬間に、しかし俺は確かに生きているという事を感じる。暴力の痛みこそが俺を育ててきた。俺は両親から暴力を振るわれ続けて来て、その痛みこそが確かに俺の存在を肯定してくれる。痛みは俺の日常だ。などと考えていると、
「今から銀行行て貯金を下ろさせるからな、それとお前の知ている女とやらせろ」
な どといかにも命令し慣れた様子で俺に言てきた。俺は途轍もなく嫌な気分だた、何で俺は自分をこんな場所まで追い込んだのだろう、俺は自分を恨み始めた、何故こんな最悪な状況になるまで放ておいたのだろう、俺は何もかもが嫌な気分になて、外を歩きながら感じていた解放感が一気に霧散するのを感じた。すると、「てめえ、何睨んでんだよ」と別に睨んでもいないのに高田が言てきて、威圧するように腕を振り上げたのが見えたので、俺は何故か反射的に、足で蹴りあげた。
 するとそれが、見事に高田の股間にヒトしてしまた。無意識に狙たのか、偶然なのか分からないが、そのおかげで俺の胸ぐらを掴む手が緩み、俺はそのまま高田の腹を蹴り上げて「死ねよ。詐欺しか出来ねえクズが、」と言いながら走て逃げる。俺は走る走る走る。そのまま街を駆け抜ける。高田から逃げなければいけない。逃げたて何一ついい事なんてないのに。しかし俺にはいつだて逃げる事しか出来ない。俺は常にいろいろなものから逃げ続けてきた。学校や両親や社会や、俺を縛りつけようとする様々なものから。そして俺は逃げ続けた先で、こうやて悪い物に依存しながら、救いもなく暮らしている。

 俺は激しく息をしながら、通りを駆け抜けていく。肺が締め付けられる感覚と、酸欠で頭がぼうとする感覚を覚えながら、果たして俺はなんで走ているのだろう、なぜ逃げる人生を選び続けているのだろうと自問している。俺はどこからどこへ向かて走ているのか、それすらも自覚できてないが、しかしそんなことを考えるのは小説家や哲学者たちのすることで、今の俺には必要ない。俺はただ自分の人生を楽しく誤魔化す、即物的なものしか必要としてない。
 そんなことを地を蹴る八分の四拍子のリズムで考えながら、俺は駅前の通りにある、ふと目に止またスタークス・コーヒーへと逃げ込んだ。何らかの象徴のようなスタークス。日本人が守り続けてきたくだらない平和の象徴のようなスタークス。アメリカの影響を象徴するようなスタークス。芸術家気取りの馬鹿な女と、内気で自意識過剰な男がよく利用する、そんなイメージを持つスタークス。いつだてカフという場所は、自分を表現し、共有したいと思う奴らが集まている。どこぞの写真家が言ていたが、カフとは社交の場であり、常に他人へと向ける演技をする場なのだと言ていた。しかし俺に演技など出来ない、常に剥き出しの自分を曝け出し、素の感情だけを頼りに、惨めさをアピールすることしかできない。このカフの中にいる全ての、親に甘えながら生きてきた連中は、俺のような惨めな奴がいるだなんて露にも思てもいないだろう。俺はそう思て、なんだか悔しくなて、カフにいる連中をことごとく、すれ違う連中を睨みつけて行たが、しかし皆は俺を馬鹿にするように笑い、ただただそれは俺の惨めさを助長するばかりだた。
 高田から隠れるために仕方なくここに居座る事にした俺は、カウンターに立つエプロンの上からでもわかる胸の豊かな膨らみを見せる女に向かて、「コーヒー、ホトで」と言た。少し垢抜けないが化粧が抜群にうまいこの女は、「えと、種類は?」と困たようにため口で尋いてきやがた。俺はこの女を酒で昏倒させて、手錠をしながらその豊かな肉体に抱き着くようにして犯すところを想像しながら興奮し、胸に顔を埋めてべろべろと舐めまくるところを妄想しながら、「なに、どんな種類があんの?」と訊いた。甘えた声で喋る女は「こちらのメニがございますので」と言い、少し急かすような顔で俺を見る。俺はよく解らなかたので、適当に、「チコレート・オランジ・モカ・フラペチーノ」という長たらしいメニを詳しく見もせず頼み、そうして出てきたなんだかパフみたいな糞甘たるい飲み物を持ちながら、空いている席へ着いた。入り口から一番遠い、照明が届ききていない仄かに暗い席。
 俺はなんだかカウンターに立ていた女の事がやけに気にかかり、あの女とセクスしたら気持ちいいだろうなという事ばかりを考えて、バイト終わりを見計らて家まで尾けて、ナイフかなんかで襲ちまおうかなと考えながら、次々と膨らむ性欲に思考を任せていた。
「あの、ちと話を聞いてもらえませんか」
 俺がそんなエロい計画を練ていると、おどおどとした男の声が割り込んできた。それは確かに、この席に座る俺に向かて放たれているように感じた。俺は声のした方を振り向く。
「あ、もしお時間があたら相談に乗て頂きたいことがあるんですけど」
 そこには挙動不審な男が座ていた。俺と視線が合うとすぐに目をぎろつかせる。
俺の隣席に座ている男だ。眼鏡をかけ、髪は癖毛でぼさぼさ。時折、首をぴくと痙攣させている。なんだか気味の悪い男だた。相談と言たが、何だろう。宗教の勧誘やら、何かを売りつけようとしているのだろうか。
「宗教とか無理だから」
 きぱりとそう言い、しつこく勧誘するのならば殴てやろうと思た。
しかし男は「あ、そういうのじないです。個人的な悩みを聴いてもらいたくて」と返した。
「はあ? 個人的な悩み?」
「はい……僕、友達がいないもんですから。誰にも相談できなくて。ずと相談できそうな人を探していて。どうせだたら人が多く集まりそうなスタバの、その中で一番目立たない、今あなたのいる席に座た人に相談しようて決めていたんです」
 何だか本格的に気味の悪い奴だと思た。こんな気味の悪い男に頼られたところで嬉しくもなんともないが、しかしここで時間を潰さなくてはいけない都合もあたので、俺は頷いて男に話を促した。同時に、この男がどんな悩みを抱えているのかにも少し興味が湧いてきた。もし仮に変な話であたなら、殴ればいい。そうしてまた逃げ出せばいい。
 男はこちらに身を乗り出しながら、視線を素早く彷徨わせ、俺にだけ聞こえるような小声で話し始めた。
「実は僕の女に、悪い男が付きまとている様なんです」
「なんだよ。浮気の相談か」
 こんな男にも女がいるのだと不思議に思た。どうせこんな男を好きになる奴は、とにかく自信がない暗い女か、人とうまく付き合えないコミ症のブスぐらいだろうと思た。
「浮気……そうですね。僕に内緒でその男を部屋に連れ込んで、あまつさえセクスまで始めるんです。本当、僕の気持ちなんて何も考えずに、僕と話している時はそんなそぶりも見せずに、隠してるのが余計に腹が立つんです」
 男はやけに鼻息を荒くしながら、自分で話していて興奮したのか、机を強く叩いた。周囲の客が迷惑そうにこちらを一瞥する。
「まあまあ、そんな興奮すんじねえよ。つうかさ、一応聞くけど証拠とかあるわけ? お前の妄想とかじないよね?」
「違いますよ。まあ、いきなり相談されて信じられないのも解りますけどね。証拠はきちとあるんです。部屋に小型のカメラを仕込んでますから。それにばちり浮気相手との情事が映てるんです」
「へそこまでするんだ。面白いな。何? お前とその女は結婚してるの? 一緒に住んでるて事? それによて問題の重さて変わるように思うんだけど」
「結婚はまだです。いずれ結婚しようとは思ているんですけどね。ちなみに住まいも別です。一緒に住もうて相談もしているんですけど、なかなか頷いてくれなくて。まあ浮気相手がいたんだからそり拒みますよね。どんどん態度がよそよそしくなていたのもそれが原因かもしれないな。朝のゴミ出しの時に声を掛けたら、いつもはおはようございますて返してくれるのに、最近じ声を掛けても、気味悪そうにこちを見るだけなんですよ。スキンシプのために体に触ても、いきなりヒステリクに叫ばれて、警察呼びますよ、とか怒鳴られたり。恥ずかしがているのか、人目のある場所でイチイチするのが恥ずかしいのか、最近は本当に冷たいんですよ、態度が。まあ、倦怠期てやつですかね。だから、ちとお仕置きと言うか、なんでそんなに機嫌が悪いのか、僕に相談してくれないのかと思て、彼女を監視することにしたんです。彼女が仕事に出かけている間に郵便受けに入れてあた合鍵を使て部屋に忍び込んで、トイレとリビングと風呂場に隠しカメラを仕掛けたんですよ。美紀がどんな排泄をするのか。美紀が体のどこを最初に洗うのか。美紀がどんなものを食べ、どんなテレビ番組を見ているのか。どんな下着を持ているのか。調べようとしたんです。あ、美紀ていうのが僕の彼女なんですけど。で、監視し始めてから二週間くらいが経たとき、美紀が僕に内緒で、部屋に男を連れ来んだんです。あ、その映像ね、今タブレトに入れてあるんですけど、見ます?」
 俺は、この男は何を言ているんだろうと思いながら、顔を見返した。男はとても無邪気で楽しそうな表情を浮かべ、タブレトPCを取り出した。どう考えても、この男はただの頭のおかしいストーカー男で、勝手に脳内でその女と付き合ているという設定を作り、それに取り憑かれて、理不尽な怒りを抱えているだけに思えた。
 だがしかし、俺はなんだかこの男の事が放ておけないような気がした。こいつは確かにヤバい感じの奴だが、しかし俺以外に、この男の話をまともに聴いてくれる奴なんか、少なくともこの町にはいないんじないだろうか。そう思うと、この男の話を真剣に聞いてやてもいい気がした。何故だか分からないが、そんな責任感のようなものが、珍しく俺の中に生まれてきたのだ。
「これです」
 男が再生した動画を俺は見る。画質は荒いが、しかし顔の表情などは何となく確認できる。女は、俺の予想よりも遥かに美人だた。体のラインが浮き出る灰色のタートルネクセーターに赤色のフレアスカートを穿き、黒タイツで足を覆ている。茶髪に染めた髪をポニーテールに縛り上げ、綺麗な輪郭を晒している。もろに俺の好みのタイプだた。と言うよりも、男ならば誰でもそそられるような、自分の物にしたいと願うような、そんな魅力的な女だた。
 女はテレビを付けながら雑誌を読んでいる。が、数秒経つとチイムが鳴り、玄関へと向かた。そして男を連れて部屋に戻てくる。
「こいつが例の男です」
 男は怒りを含んだ声で言う。カメラの仕掛け位置が悪いのか、ちうど後姿ばかりが映るので顔は確認できない。が、なんだか妙にチラそうな男だと思た。殴れば頭を下げて許しを請いそうな雰囲気を持ち合わせている。
「こいつが邪魔て事?」
 俺は男にそう訊いた。画面の中では、男が服を着たままの女の胸を揉んだり色々な場所にキスしたりしている。女は軽く抵抗しているが本気で嫌そうなそぶりは見せない。やがて体の力を抜いて、男の為すがままになる。俺はその動画を見ながら、なんだか怒りのような感情が湧くのを感じる。何故こんな美しい女が、俺の元にやて来ずに、こんなチラそうな男に奪われているのだ。俺は、隣の男の気持ちが少しだけわかるような気がした。男という生き物にとて、狙ている女を奪われるのは、相当な絶望感と、そして屈辱を感じる事なんだ。だから俺は画面の中の男に対して、怒りを感じて止まらなかた。
「はい」
 隣席の男が言た。
「じあ殺そうぜ」
「はい?」
 男は少し驚いたような顔でこちらを見た。
「お前は頭で考えて行動に移せない馬鹿だ。邪魔だたらこいつを殺せばいいんだ。そんで女も力づくで犯せ。お前はただ何もできずに、うだうだと文句ばか垂れてる馬鹿だ。男だたら、自分で何もかも勝ち取れよ。それが昔からの、男と言う生き物だろう。原始時代からの」
 俺は自分でも何を言ているのか分からないが、男を焚き付けてている事だけは理解できた。
「そ、そうですよね!」
 男は妙に嬉しそうな表情で、俺の変な言葉に賛同を示していた。
「確かにあなたに言われて目が覚めました。僕はただ彼女のことばかりを責めて、自分で彼女を守てあげられなかたんだ。そうだ、男は行動ですよね。あなたの言う通りだ!」
 そうして男は妙に自信を得た様子で立ちあがた。
「今から男を殺しに行こうと思います。」
 俺の肩を叩きながら、男は「うし」と気合を入れた。
「あ、そうだ。もし良かたらついてきてくれませんか。僕、ナイフ持てるんですよ。それ、一本あげますから、もし何かあた時の為に。別に見届けてくれるだけでいいんです。僕が男を殺すのを、しかりと見届けてください。僕の人生で一番大切な時間を」
 悦びに体中を震わせながら男は言う。俺は頷いてやる。
「殺せ。誰もが吐き気を催すように殺せ」
 俺は男を焚き付ける。男は俺の言葉に励まされるように、両手をきつく握り、それから鞄を漁て、折り畳み式のナイフを俺に手渡した。
「それ。持ていてください。何と言うか、僕の決意の表明と、そして証明の為に」
 男は「よあ!」と店中に響く大声で叫び、気合を入れるために両頬をパシと叩く。俺は何故だかその行為に自分の心も震えるような感じになて、今から人を殺す男を見届けるるのだ、と少しだけ興奮を感じるのだた。
「おい、てめえ、見つけたぞ!」
 とそのタイミングで店の入り口から高田の恐ろしい声が響いてきた。途端に俺の興奮は掻き消え、心臓を握られたような恐ろしさを感じる。
 高田は周りの目を気にすることもなく、こちらへ力強く歩み寄り、俺たちの目の前に立た。
「てめえ、殺す」
 まるで言語能力の低い巨人のように、高田は低い声で俺を脅した。そしてバドを思いきり振りかぶる。俺はここで最悪にひどいことが起きるのを感じる。もう再起不能なくらいにボコボコにされて、まともに生きていけないくらいに壊される予感を感じる。しかし、高田がバドを振り上げた瞬間、隣の男が、わけのわからない呻き声と共に大声で叫び始めた。
「てめえ、邪魔してんじねえぞ。せかく気合い入れて、今から殺しに行こうと思てたのによお。何でいつもいつも俺の人生には邪魔ばか入んだよ! 美樹を寝取らせたのもお前なんだろ! 俺の人生をこんなにも不幸にしたのもお前なんだろ! あああああ、ふざけんじねえよ!」
 男は錯乱しながら、あちこちを蹴り飛ばす。
「俺の邪魔ばかすんあよ!」
 男は叫ぶ。高田も呆気にとられ、男の方に注目する。
 俺はこの隙に逃げようかと思うのだが動けない。今や、このスタバは異様な雰囲気に包まれている。参事が起こりそうな予感だけが蠢く。
「なんで俺の人生を皆で壊すんだよ!」
 異様に瞳孔が開いた目で、男はナイフを手に走り出す。俺はその瞬間に目を閉じる。
 悲鳴だけが俺の感覚に突き刺さる。
 目を開けると、ナイフは、高田の腹部に深く突き刺さている。それはまるで現実感がなかた。悪寒だけが、敏感になた肌全体を引掻き続けている。
 男は何度も何度も高田の体を突き刺す。高田は手を震わせ床に倒れている。周囲の悲鳴が俺らを突き刺す。血はリアルさを失て床を汚す。男は高田の右目を手掴みで引き抜いて「糞が」と叫んでいた。
「簡単に死んでんじねえよ」
 青ざめた表情で、男は下を向きながら体を震わせた。男の言葉と共に、店内はなぜか静まり返る。自分が発言したら、その瞬間に刺されてしまうとでもいうように。俺も異様な空気に飲まれていた。こいつは必ずまた誰かを殺すだろう、と思た。
 その時、静まり返た店内に、先ほど男が流していた動画の音声が響く。
『あ…………ん』
 女の喘ぎ声。俺は視線だけをそちらに向ける。画面の中では、大きく足を開いた女に、男が覆い被さり、動いている。
 画面に映るのは、近くのセクキバに勤める安永美紀と、ゆるみきた顔をしている俺だ。俺は口を半開きにしながら、気持ちいい、と呟き、安永美紀に抱き着く。
 どうして俺は今まで忘れていたんだ! 糞野郎が! 薬のせいで頭が緩みきている。俺が自分でこの危険地帯に巻きまれに行てるのに、一番に気が付くべきだたんだ。
 しかし何故、男の方も俺に気づかなかたのだろう。画質が悪い所為かもしれなかた。が、しかし男は画面を見、それから俺の方を見つめている。情事にふける俺らしき人物と安永美紀を。そして「おい」と俺に向かて言う。男も気づいた事を悟る。
「これ、お前じねえのかよ」
 男は静まり返た店内に響く声で、言た。
 もう逃げ場はどこにもなかた。俺の手にはただただ、頼りないナイフが握られている。俺はここにいる全員を今から殺さなければならない。今すぐにここにいる全員を皆殺しにしなければならない。それから俺は誰も知らない場所へと逃げ続けなければならない。
 俺は大勢が見ている中、男の問いかけを無視して、ポケトに入たMDMAという麻薬を口に含む。俺の人生を壊そうとする全てのクズどもを皆殺しにして、この糞みたいな場所を血の海にして、俺は本当の自由を得なければいけない。俺をこんなに不幸にする世界を、俺は自分の手ですべて壊していかなければいけないのだ。
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