並行世界の片隅で
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多次元ジョー申告所
ayamarido
投稿時刻 : 2015.02.16 10:56 最終更新 : 2015.02.16 11:08
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- 2015/02/16 10:56:05
多次元ジョー申告所
ayamarido


「ああたが、受付の人?」
 と、四十がらみの日に焼けた、黒髪ちりちりの、帽子をかぶた男がやてきた。
 左手に怪我をしているようで、そこをせせとこすりながら、
「ああたが、この、多次元ジ、ジ、ジ、ジ、ジ申告所の受付の人?」
……担当官」
 じろり、と女担当官ナオミ・ベンケレシアは、銀縁眼鏡の奥から冷たい眼光を飛ばした。
 長い髪をかきあげ、相手を値踏みするように睨み、そして溜息交じりに、
「多次元ジ申告所担当官ナオミ・ベンケレシア。ここはさまざまな次元において『ジ』と呼ばれてきた人たちを管理把握する場所です。あなたは、前世において、ジたというのですか?」
「え、え、え、何です。ああた、申告所の人でしう。つまりああたが、受付の人でしう?」
「担当官。あなたがジであたのなら、ここで申告してください。あなたは前世でジでしたか? ……あ、先に言ておくけど、別に、ジそのものでなくても対象だから。城島とか、丈太郎とか、九条とか。あなた、名前は?」
「そうです」
 男は理解できていない。
「ああた、受付の人?」
……いや、だから私は担当官。受付の人でもいいけど、で、あなたの名前は? 前世の名前。ジたの」
「私の友だちですか?」
「いやいや、違う。あなたの名前。何なの、大丈夫かしら、この人。つまりここは前世でジという名前だた人が申告する場所。多次元ジ申告所なのだから、あなたもジたんでしう。違うの?」
「ジは、私ですか?」
「そうよ。あなた、ジたんでしう」
「そうです」
「それならいいじない。ジ・何?」
「そうです。ジ・何です」
「いや、だから、ああ、もう面倒くさい。あなたの氏名は。ジは氏名の名でしう?」
「銘ですか? 座右の銘は、色即是……
「違います。だから、あなたはジ・何ですか?」
「そうです。ジなんです」
「ちと。何これ。私が聞いてるのはフミリー・ネーム。あなたのフミリー・ネームを聞いてるんだけど」
「フミリーですか? 私は、親父が五十六のときに」
「ああ! だから、ジ……、私なら、ジ・ベンケレシアとか。ジ・マルクスとか、ジ・デ・トレドとか。あたでしう? あなたのフミリー・ネーム」
「ああ……それですか。それなら、アルモナシドです」
「アルモナシド? ……イヤに気取た名前じない、そんななのに。じあつまり、あなたは、ジ・アルモナシドだたのね」
「私ですか?」
「そうよ。ここはジた人が申告するところなんだから、あなたの名前は、ジ・アルモナシド。それでいいのね」
「私の名前ですか?」
「そうよ! 他に何を聞いてるの。ああ、もう、なんで名前ひとつ確かめるだけで、こんなに時間使てるの! あなたの名前。なー、まー、え!」
「私の名前?」
「そう!」
「ホセです。ホセ・アルモナシドです」
……ええ?」
 担当官は目を剥いた。
「あんたジないの? ジないのにジ申告所に来たの? あんたここが何をする場所だて知らないで来たの? 何で。何しに来たの。何なのあんた! いい加減にしてよ。あなた何しに来たの!」
「そうです」
「あ?」
「そうなんです、それなんですけどね。ウヘヘヘ」
 と、ホセはさも愉快そうに笑て、相手に寒気を起こさせると、
「あれですよ、ああた、私ね、こうして死んだわけですけど、最初は申告なんてことは全然、こから先も考えてなかたんですよ。ところがね、それ、こちに来てみると、ふわふわしていい気持ちで、私ね、あなたも知てるか分からないですけどこんな性格だから、こりおもしろい場所へ来たな。あれはどうなてるんだろう、あちはおもしろそうだて言いながら、あちへふわふわ、こちへふわふわて、色々遊び回ていたんですよ。そしたら、アハハ、そこの川縁のところでね、私の友だちの、マルコ・マスカラケにばたり出会たんですよ! ね! すごい偶然でしう。ああたも知てるでしう、物知りマルコ」
「知りません」
「え? いや、ほら、おでこの真ん中に大きなほくろがあて、頭なんて脳みそがうにて飛び出してるみたいな、坊主頭で、背中からはこう、光が差し込んでるようなマルコ」
「だから知りません」
「ああ、そうですか。じ今度紹介してあげますよ。いい奴で、本当に物知りですからね。あなたも彼のところへ行けば、いい男紹介して貰えますよ。あなた、独身でしう」
「放といてください!」
「まあ、ともかくね、そのマルコが言うには、おいおまえ、死んだらしいな。殺されたらしいな。え、どうだ、どうなんだ。前世での悪業が積み重なて、とうとう殺されたんだろうてね。私のこと言いますのでね、じあおまえはどうなんだ。おまえはちんと死んだのかて言うとね、そらおまえ、こんな場所にいるんだから、あんまりまともな死に方はしなかたけどて言うから、何のかんのとおまえも悪業が重なたんだな。諸行無常だなあて」
「何の話ですか」
「それでね。その物知りマルコがね、おいおまえ申告所行たか、申告所行かなきいけないぞ、申告しなきいけないぞて言うのでね、おい何だ申告所て聞くとね、おいおまえ申告しておかなき、来世うまいところへ生まれ直すことができないぞ、早く行け、やれ行けそれ行けて急かすものだから、ああ、そんなものがあるのか。そり行かなきいかんぞてね、それでこうして、慌てて来たというわけなんですよ」
「ああ、そう。でもあなたはホセでしう」
「うへへへ。ホセ・アルモナシドです!」
「いやだから、ここは前世でジた人が来るところですよ?」
「そうです」
「あなたジないでしう!」
「私の友だちですか?」
「だー、かー、らー!」
 と、ナオミ担当官が、頭をかきむしりながら絶叫していると、ガタンと入口の開き戸を押して入て来た男がある。
 坊主頭で、背の高い、瞳の青い、大きな男。背後からぱと光がさして、おでこには大きなほくろ――ではない、白毫だ。長い長い毛が丸またものを持ていた。
「おう、マルコ!」
 と、ホセが手を挙げた、それに笑顔で答えたまぶしい男マルコは、静かにカウンターへ歩み寄ると、
「ホセとはすなわちヨゼフでありヨゼフはすなわちジセフでありすなわちジである。汝、疑うことなかれ。ああ善哉、善哉」
 そのようにナオミ担当官へ教え諭すと、そのまま出ていた。

 ナオミ担当官、あまりのまぶしさにひれ伏したまま何も言えない。
 今のところ、ナオミ担当官は、目の前にやて来た男の、前世での名を知ただけである。


                                                                          (了)
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