第25回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動3周年記念〉
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投稿時刻 : 2015.02.14 23:43 最終更新 : 2015.02.14 23:45
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- 2015/02/14 23:45:20
- 2015/02/14 23:43:44
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「大事な話があるんだけど」
 買てもらたばかりのスマホを自席でいじていた僕が、そんな言葉で顔を上げるとそこに立ていたのはアキホだた。
 何を言われたのかいまいちわかてなくて、僕はアキホの顔を見上げたまま固まていた。
「訊いてる?」
 曖昧に頷いたら上履きのつま先で机を蹴られた。ガツンという音がして、スマホを持ていた僕の肘は机から落ちて僕は体勢を崩す。
「大事な話があるて言たんだけど」
 その言葉に、僕は今日がバレンタインデーであることを改めて思い出した。
 教室の空気は朝から浮ついていたし、今日がバレンタインデーだということはわかてたけど。例のごとくで僕にチコをくれようだなんて女子がいないてこともわかてたし、僕が唯一まともに会話を交わせる女子であるアキホにいたても、僕にくれるのは最高でも最低でもチロルチコしかない。去年なんか日頃の感謝を示せとか言て僕にチコを作らせた。僕がクラスメイトたちのように浮つく理由なんて何一つなかた。
 なので、アキホの言葉は、晴天の霹靂とかまさにそういう類のものに一瞬だけ思えた。
「大事な話?」
 アキホのことだ、どうせ期待してもしうがない、とは思いつつ。途端に落ち着かなくなた僕はソワソワしてしまた。そんな僕にアキホが冷たい視線を送てきているのに気がついて、浮つきかけていた僕の体は途端にシンとした。
「三角公園」
 アキホはそれだけ言うと僕に背を向け、スカートの裾をひるがえして教室を出て行た。

 三角公園は、僕とアキホの家の中間くらいのところにある児童公園だ。錆びついたブランコと小さな砂場、朽ちかけたベンチしかない。Y字路のVの部分に位置してるから敷地は三角形をしていて、だから三角公園と子どもたちに呼ばれている。正式名称は多分、別にあるけど、そんなのは知らない。ついでに言うと、狭くてボロちい雰囲気で雑草だらけなので、好んでここで遊ぶ子どもはほとんどいない。おかげで僕とアキホの溜まり場になたので、かえて好都合だたといえばそうだ。
 遮るもののない吹きさらしの公園はあまりに寒かた。ひと揺れする度にヒドイ音で軋むブランコをびんびんと風が通り抜けていく。二月て一年で一番寒いイメージがある。こんなに寒いなら僕の家にアキホを呼びたいところだたけど、家には兄キもいるしアキホには会わせたくない。じあアキホの家に行けばて思たりもするけど、アキホの家では先月妹が生まれたばかりだた。きと家はまだバタバタしてるに違いない。
 アキホは先に教室を出て行たくせに、公園にはなかなか現れなかた。足先と指先からどんどん熱が逃げていて、僕のものじないくらいに冷えて固まていく。体の芯が、ブランコと同じように軋んでいく。このまま夜までここにい続けたら凍死できるのか、なんて考えがよぎり始めた頃に、ようやくアキホが現れた。
 遅いよ、という僕の声はあまりに小さくてアキホには届かなかたかもしれない。アキホは何の反応も示さず、赤いマフラーに顔を半ば埋めてこちらにやてくる。制服の上からシンプルな紺色の学校指定のコートを羽織ていて、マフラーの赤ばかりが目についた。
 手袋に包まれたアキホの小さな手の中に、黄色い缶が握られているのに気づいた。コーンスープの缶。見るからに温かそうに思えた。
「それ、あたかいの?」
 僕の質問に、アキホは軽く首を傾げた。
「あんたの分はないよ」
 わかてたけど、全身が凍えかけている僕にその言葉はあまりに冷酷だた。
 と、アキホは片手を紺色のコートのポケトに突込んで、取り出したものをこちらに差し出した。
「嘘だよ」
 コーンスープの缶だた。
 感覚がなくなりかけてた僕の指先には、受け取たそれはびくりするくらいに熱かた。熱さは痛みにも似ていた。けど、その熱を逃がさないように両手でしかりと感を包み込む。
「ありがとう」
「お金はあとでもらうから。倍返しね」
 そう言て、アキホは僕の隣のブランコに腰かけた。ギギギと悲鳴のような軋み音が辺りに響き渡る。
 アキホはスクールバグを両手で抱え、ブランコを狭い振れ幅でギコギコやていた。その視線は足元に向けられている。アキホはいつだて元気いぱいてキラじなかたけど、でもこんな風に思いつめた表情を見るのは久しぶりだた。
 そんなアキホの横顔をじと観察していたら、急にアキホがこちらを勢いよく振り返た。
「じろじろ見んな」
 すみません、と謝て僕は足元に視線を戻した。
 風が吹いた。ブランコが少し揺さぶられて鳴た。今日は風が強い。
……提案があるんだけど」
 アキホはこちらを見もせず、何、と問い返してくる。
「場所、変えない? 図書館でもなんでもいいし。寒いよ」
「私がここがいいて言たのにイヤなの?」
「寒いし」
「冬なんだから仕方ないじん」
「アキホは平気?」
「平気も何もないし」
「じ、いいよ」
 アキホがかまわないなら、仮にも男である僕がごちごち言うのはよくない。我慢しよう。
 アキホは再び顔を正面に向けるとまた黙り込んでしまた。僕は手になじんできたコーンスープの缶をコロコロしながら、視線をすぐそばにある砂場の方に向ける。砂場は半分くらい名も知らぬ雑草に浸食されていて、木製のフレームがなければ砂場だと判別できない感じになていた。雑草が揺れて、また風が吹き抜けた。
……寒い」
 そう呟いたアキホに、じあ! と僕は嬉々として返す。
「移動しよう」
「イヤだ」
「寒いんじないの?」
「寒いくらいでちうどいい」
 アキホはそれだけ呟いて、手袋の両手で顔を覆てしまた。
 人付き合いが苦手な僕は、当然ながら話を切り出すのが得意じない。それが小学生の頃から付き合いがあるアキホでも、だ。僕はアキホの一方的な罵倒に身を任せることに慣れすぎていた。
 けど、今日はバレンタインデーだし。なんて、何の意味もないのにそんな言葉で自分を鼓舞してみる。僕だてやるときはやるんだてことを見せてもいいのかもしれない、なんて。
「大事な話て、何?」
 結局、伺うような口調になてしまた。
 アキホは顔を覆たまま動かなかた。たぷり五秒。
 手袋の指をそと開いて、その間からアキホの目が覗いた。黒目が動いて、僕を見る。
……訊きたくて」
 何を、と問い返す前に、アキホは両手から顔を上げて僕から視線を背けた。
「バカバカしいのはわかてんだよ。あんたなんかに訊こうだなんてさ。でも、ほかに訊ける人も思い浮かばなくて。ほんと、バカみたいなんだけど。いや、バカなんだけど」
 アキホの言葉は最後の方は消え入るように小さくなて、独り言みたいになていた。
「僕が答えられることならいくらでも答えるけど」
「何それ。キモいこと言わないでくれる?」
 ちと傷つきそうになたけど、こんなのいつものことだと思いなおす。
「寒いしさ。遠慮せずに訊いていいよ」
 アキホは唇を噛んでまた黙り込んだ。けど、沈黙はそんなに長くなかた。
「私、」
「私?」
「変になてない?」
 気がつくと、アキホはますぐに僕を見ていた。
「変て、何が?」
「雰囲気とか……なんか、そういうの」
 少し考える。
「最近、元気ないのかなとは思てたけど」
 この数日、なんとなくアキホの様子がおかしいことに僕は実は気づいていた。
 教室で女子たちの輪の中にいても、時折大きなため息をついて視線を遠いところにやる。いつもみたいに口汚く僕をなじても、その声に勢いがない。
「それだけ?」
 アキホはホとしたような、失望したような、そんなような顔をして僕を見返してくる。
「ほかにないの?」
「ほかにて?」
 アキホは膝の上で両手を強く握りしめていた。その手が小さく震えていることに気づいてハとする。
「何かあたの?」
「何もない」
「本当に?」
「何もない、何もしてない」
 その両手をさらにギと握りしめたアキホを見て、「何もしてない」の言葉の意味を考える。
……『何もしてない』てことは、これから『何かしそう』てこと?」
 アキホの目が大きく見開かれた。そしてすぐに、泣き笑いみたいな表情に変わる。
「褒めてあげるよ。もう一生、私に褒められることなんてないかもよ」
「妹?」
 アキホは頷いた。
 生まれたばかりの年の離れた妹。
 お母さんが妊娠したて知てから、アキホはしばらく情緒不安定だた。でも、実際に生まれてきたその子を見て、かわいくてしうがないてちと前まで言ていた。
「小さくて、かわいいて、思い込もうとしたの。でもダメ」
「ダメなの?」
「だて、あの子の目、お父さんにそくりなんだよ!?」
 再び顔を覆てしまたアキホの頭に、そと手を乗せる。
……気軽に触んな」
「大丈夫だよ」
「何が」
「アキホは、僕よりずと理性的だ」
 何それ、て笑て、それからアキホはまた両手で顔を覆た。
 アキホはもともと母子家庭で、新しいお父さんが家にやてきたのは十歳の頃だと聞いている。そのお父さんのことが、アキホは好きで好きでたまらないまま十四歳になてしまた。フザコンて言葉でひとくくりにするのは簡単だけど、その根が深いことを僕は知ている。
 バレンタインデーに、好きな子から聞かされた「大事な話」がこんなんなのはなて思たりもするけど。
 大丈夫だて僕が答えるのをわかてて、彼女がこんな話をしてきたんだとしたら。ま、それはそれでいいのかもしれない、なんて思てしまうほどに僕は飼い慣らされている。
 彼女がもと違う告白をしてくれるまでは待つしかないと、決めてからはや五年。あと何年待てばいいのか考えるのはやめておこう。
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