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第25回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動3周年記念〉
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教えてあげる
 投稿時刻 : 2015.02.14 23:38
 字数 : 1572
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教えてあげる
永坂暖日


 毎朝起きてお化粧して、会社に行て仕事して、他愛ないおしべりをしながらランチして、上司の小言を聞き流して残業して、たまにつまらない飲み会に行て家に帰て寝て、朝起きてお化粧して……
 波瀾万丈にはほど遠い生活、平凡な人生。幸せではないけれど不幸と言う程でもない。それでも生きがいと呼べるほどのものが何もなくて、なんだか生きるのが面倒くさくなて、いそ儚くなてしまてもいいかも、なんてぼんやり思いながら、でも自殺するほどの勇気はなくて。かと言て、死にたくないと思えるほどの執着もない。苦しまずに逝ける方法があれば、なんとなく手を伸ばして試してみるだろう。
 そんな折り、苦しまずに逝ける方法を教えてあげよう、という男が現れた。

 知ているのなら、ぜひ教えて。
 いいとも。でも、ただでは教えてあげられない。ぼくの恋人になてくれたら、教えてあげてもいいよ。

 そうして彼女は、男の恋人になた。
 男は、彼女を海へ連れて行た。きれいな海だた。こんなところで死ねたら素敵かもしれない。だけど男は、その方法を教えてくれなかた。
 ある時、男は彼女を川へ連れて行た。川と言ても、その源に近い山の奥。せせらぎのような川の水は果てしなく澄んでいた。新緑のまぶしい季節で、風が渡る中、小鳥がさえずていた。こんなところで死ねたら素敵かもしれない。だけど男は、その方法を教えてくれなかた。
 またある時、男は彼女を高い高い吊り橋へ連れて行た。はるか遠くの山まで、まるで燃えているような紅葉に彩られていた。目がくらむほどの高さから美しい景色を見ながら死ぬのも素敵かもしれない。だけど男は、その方法を教えてくれなかた。

 いたいいつになたら教えてくれるの。
 そうだね、ぼくと結婚してくれたら、教えてあげてもいいよ。

 そうして彼女は、白いドレスに包まれた。
 男と二人で出かけた異国の地。彼女を知る者は誰もいないこの土地で、ひそり終わるのも悪くないかもしれない。だけど男は、その方法を教えてくれなかた。
 やがて彼女と男の間に、小さな小さな命が生まれた。しばらくの間、彼女と男の日常は、新しい存在に支配され、左右された。やと手のかかる時が終わたかと思うと、また次の命が生まれた。再びしばらくの間、彼女と男の日常は、新しい存在に支配され、左右された。
 多少は二人の手を離れ、自分たちの時間を持てるようになても、男は教えてくれなかた。この頃には、彼女も、男がそう簡単には教えてくれなさそうだとわかていた。だから、のんびりと、教えてくれる時を待とうと思た。
 彼女は、節目節目で、いつになたら教えてくれるの、と男に聞いた。そのたびに、男は律儀に答えた。

 入園式が終わたら、教えてあげてもいいよ。
 入学式が終わたら、教えてあげてもいいよ。
 運動会が終わたら、教えてあげてもいいよ。
 卒業式が終わたら、教えてあげてもいいよ。
 成人式が終わたら、教えてあげてもいいよ。
 結婚式が終わたら、教えてあげてもいいよ。
 
 気がつけば、二人の間に生まれた新しい存在は、彼女と男が出会た歳よりも成長していた。さらに新しい命まで生まれていて、もうすぐまた新しく増えそうだた。
 その頃には、彼女は男に、いつになたら教えてくれるの、と聞かなくなていた。
 更に生まれた新しい存在たちが成人式を終えた頃、男が病を得た。床に伏せ、日々やせ細ていく。
 
 君に言わなければならないことがある。

 桜の蕾が膨らみ始めた頃、窓から見える立派な桜の木を眺めながら、男が言た。

 君がずと、知りたいと思ていた方法だよ。
 もう教えてもらたわ。あなたと出会てから今日までずと、ゆくりと、少しずつ。

 桜が満開を迎える前に、男は旅立た。
 男を見送り、それを追いかけるように彼女も。男が教えてくれた通り、苦しまず、穏やかに。
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