愛を育てる
私が恋をした女は、巨躯の人である。
綺麗な女である。しかし、背は私より随分高い。着物越しに見える、腰周りもど
っしりと逞しい。
しかし結い上げた髪の後れ毛も、愛らしい人である。
声をかければ、花のようにはにかむ。囁けば俯く。「自分のような女をからかってはいけない」と、そう言って逃げる。
愛らしさに愛を伝えれば、彼女はほろほろと涙を流した。
「いけない、私には奇病があるのですから」
「奇病?」
彼女はすうと息を吸い込み、息をすうと吐く。そして切れ長の目で、私をはたと見つめた。
「貴方は地球をご存じですか」
「さて」
「この地です」
とん。と彼女は地面を踏みしめた。
それだけで、大地が揺らめき私の身体がふわりと浮かぶ。その地響きに、驚く。顔を上げれば彼女の顔は、ひどく高いところにある。
……さて。彼女の身体はこんなにも、大きかっただろうか。
「この大地を海を風を、土を木を花を、人を、貴方を、私を、地球というのです」
「はじめて聞いた」
私はその奇妙な言葉に、首を傾げる。そのような名前、はじめて耳にした。
「それと奇病とどんな関係が」
「愛を覚えると、私の身体がどんどんと大きくなるのです」
彼女は、まるで秘密を打ち明けるかのように、呟く。
「雨で育つ木々のように」
だから誰も愛してもならぬ。彼女は母に、そうきつく言われて育ったのだという。
「それが地球とどう関係が」
「地球、半分の、半分の……半個分」
「はあ」
「愛を一度知ると、私の背が伸びます」
私は眩しく彼女を見上げる。気がつけば、彼女の背は、私を遙かこえて、隣の木々をこえ、家をこえ、遙か高みにある。
それでも、遙か遠くに見えるその顔は、やはり愛らしいのである。
「それでも」
ほろほろと零す涙は雨となり、大地に注ぐのである。その涙に塗れながら、私は叫ぶ。
「……好きだ」
「愛を二度知ると、地球の半分の半分……」
彼女の身体がまた、伸びた。風を切る音が私の耳に響く。
「大きな女を、誰が愛するのでしょうか」
だからこれまで、誰も愛さなかったのです。愛することが恐ろしかったのです。彼女はそう言って、切なく泣いた。
しかし、彼女の身体は確実に伸びている。つまり、私の愛は彼女に届いたのである。
口では何と言っていようと、彼女は私を愛しているのである。
「私が」
彼女の顔は、やがて薄曇りの霧の向こうに隠れた。
「それでも好きだ」
叫んだ私の声が彼女に届くだろうか。願いを込めて、私は叫ぶ。
「好きだ」
彼女の身体はいまや、地球の半何個分になるのか。ずりずりと大地に沈み、まるで根を張り天を貫く一本の木。その身体に、鳥が集い虫が這う。
「さあ」
私は、彼女の根元に座り込み、大地に沈んだ足を愛おしく撫でた。
「私があなたに愛を教えて、そうして、あなたを育てよう」
大きくなればいい。それが、私に対する愛の答えであるのなら。
「……」
彼女の言葉はもう聞こえない。
ただ、喜びの涙が私に注いだ。
それが、彼女の愛の答えであった。