第28回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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Xの死
みお
投稿時刻 : 2015.08.15 21:28
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Xの死
みお


 彼女が死んだ時、そのニスは驚きと悲しみを持て広また。
 確かに彼女は実験動物の一匹だ。しかし他の生き物のように獰猛ではなかたし長年飼育する内に言葉を覚え、意思さえ疎通できたのだ。そんな彼女が鼓動を止め死んだ。その死が認識された時、矢表に立たされたのは彼女を飼育していたX氏である。 
 X氏は彼女の死体をどこかへ隠した角でまもなく検挙された。
「死とは殺されることである」
 審議委員の一人がいう。
「つまり彼女はX氏により殺され、X氏はその証拠を隠滅した」
 鋭い言葉は矢となり、彼の身体を貫く。そうだ彼らの種族は、言葉が矢となる。X氏は諦めた顔で天を仰ぎ、壇上にある審議委員たちは皆、声を荒げた。
「結論。X氏は、断罪されるべきである!」

 X氏は矢で貫かれた身体のまま、捨てられた。
 X氏が這うように辿りついたのは山の隅。小さな墓石に彼はすがりつく。すると不意に虹色の闇がX氏の身体を包み込む。闇は光となり、やがて懐かしい彼女の身体となた。
「こんにちは」
 遙か昔に出会た頃、彼女はまだX氏の身体の半分ほどの大きさであた。顔に皺などなく、真白であり髪は真黒であた。
「私達が出会て80年も経つのね」
 皺の寄た顔で彼女は笑う。真白になた髪が風に揺れる。
「人間には寿命がある。あなた達のような無限の命じない……そんなこと、とうに知ていたはず。なのに、あなたは皆に隠して一人で罪を被て」
 子供を諭すように彼女は笑う。その目には、ぷくりと浮かんだ水の玉。その水玉に光が当たると虹が生まれるのだ。彼女が起こす不可思議の中、X氏が最も気に入り最も愛したその虹を彼は両手で受け止めた。
「あなたの種族は死ねば土の中に……
 X氏は、虹の水を自らの目に押し当てながら呟いた。頬を伝うこの暖かな感触を涙というのだ。
「還るのだと、聞いたから」
……あなた達はどこへ還るの?」
「さあ。還るべき場所のない種族だ」
 殺される以外、彼らの種族に死はない。その死を間近にしてX氏は清々しい心地であた。
「私も……土に還ろう」
「待てます」
 彼女は微笑み、やがて消える。それを見届けたX氏は静かに目を閉じた。
 
 後日、X氏の同僚が彼を見つけた時、その身体は半分以上も木となていたそうだ。大地に根を張りねじくれた腕を伸ばし、まるで矢のような葉を開く。背後にある何かを守るようにますぐに立つその木に虹が架かるのをみて、同僚は小さく頭を下げた。
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