第29回 てきすとぽい杯
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株式会社BNSK、最後の日
投稿時刻 : 2015.10.17 23:44
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株式会社BNSK、最後の日
伝説の企画屋しゃん


 その日の業務は、大掃除からはじまた。
 水を張たバケツにモプを突込んで床に這わせると、大沢愛は死に水を取ている気分になた。
 株式会社BNSKが今日で業務を停止する。
 正確に言えば休眠状態に入るのだが、業務再開の目途は立ていない。
 愛をはじめ、同僚の茶屋や遥人たちは解雇の手続きを取ていた。
 すぐに雇用保険が支給されるはずだが、許せないのは休眠の背景だ。
 代表である保ケ夫が競馬で一山当て、沖縄に移住するという。
 スタフ5名の小さな企画事務所である。
 保ケ夫からは看板を譲りたい旨の相談があたが、そもそもが株式会社とは名ばかりの個人事務所。
 大黒柱の代わりが務まるとは誰も考えてはいなかた。
「あのねー、茶屋くん。さぼてないで、棚の一つでも拭いたらどう?」
 ふだん通りにデスクに座り、ふだん通りにモニタを眺めている茶屋に愛は冷めた言葉を投げかけた。
 大方、今日出勤したのも有休を使い果たしているためだ。
 おのれー中途入社の分際で、と憤てみたものの、愛も立場は変わらない。
 この事務所における生え抜きは、保ケ夫を別にすれば遥人だけなのだ。
「あれ、大沢さん、今日は生足じないですか。なんだか、ちと新鮮ですね」
 陽気な声は、愛をなだめているようでもある。
 人懐こく微笑む遥人は、ミーング用のテーブルを拭いていた。
 陶器製の置き物を手に取り、周囲を見回してみたが、いつの間にか保ケ夫の姿が見えなくなている。
 置き物は、保ケ夫がイギリス出張のついでに買てきたものだ。
 ダチウに老婆がしがみついている格好は、マザー・グースを表したものだという。
「掃除のときは、生足が一番。服が汚れないし、もうお客さんのところに行くこともなし。てか、茶屋くん、あんたいい加減にしなさいよ。いつまで仕事しているフリをしているの」
「仕事をしているフリ?」
 思わせぶりに唇を歪め、茶屋はつぶやいた。
「この会社がなくなるというから、俺は転職活動をしているだけだ。掃除なんて業者に任せておけばいいじん」
「転職活動? あんた、少しは分別つけなさいよ。今日の分までは、給料が払われるんだからね。この事務所のために働くのが筋てものでしう」
 愛が詰め寄ろうとしたその瞬間だ。
 キーボードを勢いよく叩く音がした。
「ビンゴ! ハキング成功!」
 愛が呆然としていると、表に出せない他人の金を手に入れたのだ、と茶屋が打ち明けた。
「新しい事務所を作て、その上当面は維持できる程度の資金にはなるはずだ。君たちはどうする? どうせ臓器売買か何かで儲けた金だ。ボランテア専門の企画会社を立ち上げるなんてよくないか?」
 保ケ夫が帰てきたのは、茶屋の問いかけに戸惑ているときだた。
「やあ、みなさん。掃除はそのへんにして、休憩しよう」
 買い出しに行ていたのか、ぶら下げた袋には缶ビールが入ていた。
「かんぱーい」
 茶屋のやけにハイテンシンな音頭に、愛は決断の時を迫られていた。

(つづく)
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