てきすとぽい
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第29回 てきすとぽい杯
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五月は花の……
(
志菜
)
投稿時刻 : 2015.10.17 23:33
字数 : 932
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五月は花の……
志菜
襖を開けると、昼下がりの薄暗い部屋に女は一人、座
っ
ていた。こちらに背を向け、崩した足を横に流しているために、緞子の帯が斜めに傾いでいる。黒い着物の裾から見える足は、彼女にしては珍しいことに生足であ
っ
た。立ちすくむ私に、その人は細いうなじをゆ
っ
くりと回し、横顔のまま低く言
っ
た。
「今朝、亡くなりました」
そう言
っ
て薄
っ
すらと微笑んだ。白い肌に紅い口紅が、不自然なほどに映えていた。
女の前には布団が敷いてあり、白い布を顔に被せられた男が横たわ
っ
ている。布の下から覗く染みの浮き出た皺だらけの首を見るまでもなく、それが誰なのか私にはすぐ分か
っ
た。
布団の向こうは黒ずんだ木枠の窓があり、細かい雨が音もなく降り続いているのが見える。
ふすまから手を離せずに立ちすくんだままの私を、女は見上げた。問うような、挑むような、薄
っ
すらと細めた瞳で。
「ば、ばかな
……
」
ようやく私は言
っ
た。声がかすれて震えているのを感じるが、抑えることは出来なか
っ
た。
「早ま
っ
たことを」
「早ま
っ
た?」
女の口から笑みが消えた。ゆ
っ
くりとこちらに体を回し、膝を揃えて座り直す。
「早ま
っ
てなどおりません。むしろ、待ち過ぎました」
女の言葉の意味を図りかねて口を閉じた私に、歌うような節を付けて女は言
っ
た。
もうすこしはやければあなたはなにもいわずわたしをだきしめてくれたであろうものを。
女の顔が歪み、泣き出すのかと思
っ
たが、片頬を緩めて小さく微笑んだだけであ
っ
た。
「どうや
っ
て、先生を
……
?」
私の問いには答えず、女はすらりと立ち上がり布団の裾を回
っ
て窓へと向かう。きしいだ音を立てながら硝子を押し開け、女は手をかざした。
「三月、風よ。四月は雨よ」
雨がたちまち女の手を濡らす。それを見ながらう
っ
とりと女は言
っ
た。
「まざあ・ぐうすよ。先生の講義にも出たでし
ょ
う?」
濡れた手を口に当て、唇を湿らせる。一筋の雨の雫が喉を滑り落ちていく。女はそれには頓着せず、やおらに身を屈めて布団に横たわる先生の顔の布を剥ぎと
っ
た。そのまま土色の唇に自分のそれを重ねあわせる。
驚いて動けずにいる私にようやく女は目を戻した。
「先生には相応しい死に水だわ」
そう言
っ
て、艶やかに笑う。花ざかりの美しい笑顔であ
っ
た。私は目眩を覚え、小さく後退
っ
た。
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