7 / 8
クローズド・アイズ
女の子の放送が始まって数日が経過しました。
画面の中で、女の子は日々、勉強をしたり絵を描いたり、一生懸命に何かに取り組んでいます。
時折、その成果をわたしたちに見せてくれます。
今日は、女の子の家族の絵でしょうか。
お父さんとお母さん。
真ん中に笑顔の女の子。
クレヨンと色鉛筆だけの拙い絵ではありましたが、わたしたちは、その絵に何かを考えさせられるような気持ちになります。
右隅のあの数字は、日を追うごとに小さくなっています。
もう明らかでした。
あの小さな数字は、わたしたちのテレビの隅についているカード・リーダーを通して番組にお金を支払った人の数なのです。
支払いは1日につき1回有効で、夜の12時を過ぎると再びゼロになります。
それから、あの数字の大きさによって食事の豪華さが変わることも、わたしたちはもう気付いていました。
その意味の重さは、単なる視聴者に過ぎないわたしたちにとって、とても背負いきれるものではありません。
みんながみんな、お金を払えるわけでもありませんし、この番組が“今後も続いた場合のこと”を考えると、あの数字が減っていくのも分かります。
それに、この後の女の子のことを考えると、わたしたちはボタン1つで日常に戻るべきなのかもしれません。
それは、仕方のないことでした。
それは、仕方のないことです。
それは、仕方のないことでしょうか。
わたしたちは、知らず知らずのうちに、見ない振りがうまくなりました。
いいえ。
見ない振りができる環境をうまく使えていないだけなのかもしれません。
やがて、視聴者数全体はどんどん小さくなっていき、やがてあの数字も以前と同じ、小さなものへと変わっていったのです。
そうして、タイムリミットが近付いてきたとき、やつれきった少女は画面の前に立つと、あの時と同じように口を動かしたのです――
《
ありがとう
》