第4回 てきすとぽい杯
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ピー Part3
投稿時刻 : 2013.04.13 23:25
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ピー Part3
伝説の企画屋しゃん


(前回のおはなし。http://text-poi.net/vote/7/1/

 渋谷の街はアルコールの匂いがした。
 日が暮れて、ネオンがきらびやかに輝いていた。
 ひどく賑やかな街だたが、タイと違うのは水の匂いがしない点だ。宇田川という地名もあるのに、渋谷には川がない。川がないのにたくさんの人がいて、店がある。妖精のピーは濁た気持ちを抱えながら、飲み屋が並ぶ路地を歩いていた。
 この東方の国は、とても裕福でモノがあふれ返ているが、神や精霊を信じる人はほとんどいない。ピーに関心を示す人間も一人もいない。何人もの酔客が横を通り過ぎる路地にたたずみ、ピーは自嘲気味にほくそ笑んでいた。
 うれしいとくるくる回る尻尾は黒く変色して、蛇のようにうねていた。先端は矢じりのように尖り、禍々しい。目つきは飢えた野犬のようだた。
「あー、いたー
 振り返ると、ブーツをはいた女が嬉しそうにピーを指差していた。
「いたー、じねえよ。おまえ、さきの女じねえか。何しに来たんだ。ハチの居場所も教えなかたくせに」
「ごめんごめん。だて君、急にぷいといなくなうんだもん」
 そんなことを言いながら、女はバグに手を入れると、カラフルな袋を取り出した。
「なんだ、それは? この国の菓子か?」
「そうだよ。飴ちんだよ、飴ちん。君、甘いの好きでしう。なんかおかない顔をしているけど、これあげるから許して」
 ブーツの女はピーの頭をなでると、包装紙に包まれた飴を二つ手の平に置いた。
「うまいな、これ。この国の飴はタイ族のより、うまい。もとよこせ」
 ピーは袋ごと奪い取たが、女はにこやかに笑ていた。
「ねえ、君さきはあんなに可愛かたのに、どうして今は機嫌が悪そうなの?」
「機嫌が悪い? おまえ馬鹿か? 妖精として生まれて数千年、今日のような屈辱を受けたのははじめてだ。おまえ、俺の耳元で恥ずかしい言葉を囁いただろう」
「くつじ? よく分からないけどさ、生きていればいろいろあるよ。私だて、この間、すごーく意地悪された気分になたもん」
 女は次々と飴をぼりぼり齧るピーを、愛おしそうに見つめていた。ピーの尻尾は次第に色が抜け、矢じりのように尖た先端も丸みを帯びていた。
「意地悪? たとえば、どんなことだ」
「たいしたことじないけどさー。私、これでも小説を書いているんだよ。それでね、ある投稿サイトに参加しているの。そしたらさ、この間、この図をテーマに小説書けて言われて、卒倒しそうになたよ」
 女はそう言うと、バグから手帳を出し、不思議な図を描いた。簡素な進化樹にも見えたが、枝分かれした先には、星と月と太陽、そしてハートと涙が実ていた。
「ほお。この図をこの国の人間が描いたのか。これは誓約の図だ。これを描いた人間は、きとタイ族の村へ来たことがあるのだろう」
 訳わかんないでし、と苦笑いする女を前に、ピーは腕を組んだ。神も信じぬ不届きな輩ばかりと思ていたが、そうでもないのかもしれない。飴を齧りながら、ピーは尻尾をくるくると回した。
「誓約の図? なにそれ? だけど、そんなことどうでもいいじん。あんまり怒たりしないで、楽しいこと考えようよ。飴もとあげるから」
 楽しいこと、とピーが訊き返すと、そう楽しいことだよ、と女は言た。  
 それもそうかもしれない、とピーも思う。そしてもう一度、手帳の図をじくりと眺めた。
 誓約の図。
 それは、精霊と人間が互いの関係を認めあう時に、交わす契約書だ。「太陽、月、星」が自然を司る精霊を表し、「ハートと涙」が豊かな感情を持つ人間を意味する。それらが交わりあい、根を一つとすることを表現したものだ。
「楽しいことか。確かにそうあるべきだ。だが、この国の人々は俺の名前をなかなか憶えてくれない。俺はそれが悲しいんだ」
 路上で肩を落とすピーを、女はぎと抱きしめた。少し照れ臭かたが、これも誓約の形の一つなのかもしれない、とピーは思う。
「そかー。よく分からないけど、悲しかたんだね。でも、これからは二人で楽しいこと考えようね」
「そうだな。楽しいことを考えるのも、悪くない。だがその前に、やることがある。最高神から授かたこの名を人々が口にするようにしなくては」
 ピーは残りの飴をすべて口にいれ、バリボリとものすごい音を立てながら齧ると、手帳の図に手を当て、何事かをつぶやいた。
「俺はこの名が、東方の国において讃えられることに力をふるおう。この国の権力者たちよ、汝らから我が名を唱えよ!」
 天に向けて指を突き立てると、ピーの元に光が降りた。
 その光はピーの身体を包み込むと、オーロラのように神々しく拡散し、赤坂方面へと散ていた。
 もと飴を買てくれ、とピーはつぶやくと、女と手をつなぎ路地の先にあるコンビニへと向かた。
 光はやがて、一軒の料亭へと降り注いだ。もうピーの名前を訊き返す者はいない。
 誓約はこの国においても果たされた。
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