第32回 てきすとぽい杯
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花の散る夜
みお
投稿時刻 : 2016.04.16 23:40
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花の散る夜
みお


 たた一日しか咲かない花である。
 不幸な日にばかり、咲く花である。
 そんな花が、ある春の終わり頃、老人の家の庭に根付いた。

 あまりに不気味であるので、刈り取てしまえ。と、言い出したのは誰だたか。そもそも老人は、村では最も年長者で最も愛された男である。
 そのような男の庭に、その花は似つかわしくない。蕾の間に刈り取てしまえばいい。
 そう叫ぶ声を封じたのは誰であろう、老人その人である。
 彼は花を愛した。不幸の花と呼ばれる花でも、花は花。哀れなものだと彼はまだ固い蕾を愛でた。
 花は一本だけではない。二本、三本と彼の家を取り囲むように生えている。いずれも巨大な蕾をゆらゆら揺らし、村人たちは皆、不気味がた。
 花に蕾が付いたのは夏の頃。強い日差しに焼かれても蕾は耐えた。
 秋。周囲が落葉しても、蕾は落ちない。
 まもなく全てを凍らせる冬が来た。それでも蕾は押し黙たまま。
 やがて春が来て、辺りは一面色づいた。それでも、蕾は開かない。

 そんな季節を幾度過ごしたか、ある春の日、老人が死んだ。
 彼の家の周囲はかつて、花園であた。しかし足腰が弱た近年、手をかけられなくなた花は続々と散り、今や残るのは蕾のままの不幸の花のみ。
 老人の死に、村人は皆、嘆く。
 すると、その声に惹かれるように、件の花が、咲いたのである。
 一本、二本、三本。数年にわたり頑なに蕾を開くことのなかたその花が、老人の死と共に花を開いた。
 あれほど愛されながら彼の死と共に花を付けるなどやはり不幸の花である不気味な花であると、皆が罵る。その罵声の中で花は、胸を張るように蕾を解いた。
 花が咲いたのはまだ早朝。時は流れて、昼になり、夕刻となる。
 弔問客はとうに去り、宵ともなればこの家に残るのはただ老人と花のみとなた。
 夜の闇が深くなる頃、花はまさに満開を迎えた。巨大な花弁は美しい白の色。水上に映る、月に似た色である。
 もう誰に見せることもできないその色を、目一杯に広げて花は咲く。
 朝が来る頃、強風と共に一枚、二枚と花は散た。この花は、たた一日しか開くことのできない花である。

 翌朝、村人たちは美しい花弁に包まれた老人を見た。それはまるで花の棺桶だ。あまりの美しさに、彼らは罵る言葉を忘れた。
 後日、村を訪れた植物学者は花のなれの果てを見て「涙花がこれほど群生するとは珍しい」と呻く。それは、人々の泣いた数だけ花弁を散らす花であるという。
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