てきすとぽい
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【BNSK】2016年7月品評会
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夏が訪れる
(
くっぱ
)
投稿時刻 : 2016.07.03 23:35
字数 : 2708
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夏が訪れる
くっぱ
夏は花火の如し。
終わ
っ
てほしくないと願うのに消えてしまう。
それでも鮮明に、鮮烈に脳内へと焼き付く。
いや、夏ではなく"彼女"か。
白を基調としたワンピー
ス、長く美しい黒髪、少しつばの長い麦わら帽子。まるで絵画の世界から飛び出してきたかのような彼女。
夏に祖父母の家に帰
っ
た時、ラムネを飲みながら散歩していて近くの神社で出会
っ
た。
運命
……
だと思
っ
た。
賽銭箱の前の階段に座り、俺の瞳をじ
っ
と見つめてきた。
気づいた時には彼女の隣に座
っ
ていたのだ。
そして会話もすることなく、ただその空間を楽しんだ。
嗚呼、なんと贅沢な時間だ
っ
たのだろう。
空はやがて青からオレンジへと移り変わり、俺達に帰れと言わんばかりに夜の帳が降りはじめた。
何か最後に一言と思い彼女の方へ振り向くと、彼女もじ
っ
とこちらを見ていた。
「あなたといると落ち着くわ。そう思わない?」
そう言うと俺の返事も同じだと確信しているかのように、薄く優しい笑顔を浮かべ立ち上が
っ
た。
「ラムネ、いただいてもいいかしら?」
また、彼女は俺の返事も待たずに僕の手からラムネを受け取り、ぬるくな
っ
たそれを美味しそうに飲み干した。
「ごちそうさま、美味しか
っ
たわ。またね」
飲み干したラムネ瓶を先ほどまで座
っ
ていた場所に置くと、颯爽と歩いて行
っ
た。
自分勝手なその行動に腹は立たずに、むしろ魅入られていた。まるで初恋のように胸が高鳴
っ
たのだ。
次の日も、また次の日も彼女に会いに行
っ
た。
その度にラムネを持
っ
て行
っ
たので、カランとエー
玉が瓶の中で鳴ると彼女を思い出す。名前も知らない彼女のことを。
それが去年の夏のこと。
そしてまた、夏が訪れる
―――
風に誘われて草が舞い踊る畦道を、水滴を纏わせたラムネ瓶を片手に歩く。
鬱陶しい蚊柱を手で払いながら、神社のある山の麓を目指す。
去年までは親に従うがままに来ていたこの田舎に初めて進んでや
っ
てきた。
彼女に会うために。
両親はさぞ不思議が
っ
ただろう。
いつもはごろ寝した後、気怠さを払拭するように出かけてたのに、今日は荷物を家に入れてすぐ元気に出かけて行
っ
たのだから。
爺ち
ゃ
んにも婆ち
ゃ
んにもただいまだけ。
それほどまでに俺は彼女に焦がれていたのだ。じりじりと肌を焼く太陽よりも熱く、真
っ
赤に。
逸る気持ちを抑えながら歩いていると、石で造られた階段が見えてきた。
ここだ。三十段ほどの階段の上には赤く古ぼけた鳥居が鎮座している。
唾をのみ込み、心を落ち着かせて、一歩、また一歩と石段を踏みしめる。
周りで蝉が鳴いている声も、木が風によ
っ
て騒めく音も、心臓の音に掻き消される。
全ての石段を登りきり、鳥居の奥に建
っ
ている神社の前には
―――
「久しぶり」
「うん、久しぶり」
去年の頃のまんま、しかしず
っ
と綺麗に見える彼女がやはり賽銭箱の前の階段に座
っ
ていた。
俺は思わず止めてしま
っ
た足を動かし近くまで行く。
そして隣へと腰を下ろし、ラムネを開ける。
玉押しを当てて力を入れてやると、ポンと音を立てて瓶の中に玉が落ちる。どうやら今日の玉は素直なようだ。
しばらく押さえた後にゆ
っ
くりと離し、漏れ出ないことを確認してから飲む。
この暑い中少し歩いた後だからなのか格別に美味しい。
一息ついたところで彼女のほうを見ると、彼女もまたこちらを見ていた。
「
……
飲む?」
「ええ、ありがとう」
一切の躊躇なく小さな口を瓶につけ飲み始めた。
恥ずかしくないのだろうか?
いや、き
っ
と俺が意識しすぎなだけに違いない。
「な
ぁ
一つ聞いていいか?」
「何かしら?」
そう聞き返す彼女の表情は心做しか綻んでいるように見える。
何故だろう?
……
ま
ぁ
いいか。
「名前
……
なんていうんだ?その
……
なんて呼べばいいかわかんないから」
それを聞き、き
ょ
とんと顔をした後、くすりと笑
っ
た。
「ほんと変わらないわね」
「え?なんて?」
「何も言
っ
てないわ」
何か重要なことを言
っ
たのだろう。
今だけは親の説教をシ
ャ
ッ
トアウトする耳を恨みたい。何故彼女の言葉までシ
ャ
ッ
トアウトしたのかと。
「名前のことだけど
……
な・い・し
ょ
」
ず
っ
と大人びて見えた彼女もこの瞬間は子供
っ
ぽく見えた。
まるで友達に悪戯を仕掛けているような、そんな雰囲気に捕らわれる。
「でも、もしあなたが名前を当てられたら
……
何かしらのご褒美をあげるわ」
そう言われると頑張りたくなるのが男の心理だ。
しかし名前か
……
田舎だからや
っ
ぱり"子"がつくのだろうか?
「けいこ」
「違うわ」
「さちこ」
「違うわ」
「まさこ、せいこ、きくこ、り
ょ
うこ」
「全部はずれよ。というかなんで全部"子"がついてるのかしら」
「田舎だからそういうイメー
ジが」
「古風な名前でもついてないものい
っ
ぱいあるわよ。私も違うもの」
一刀両断され、いかに浅はかな答えを出し続けていたかわか
っ
た。
しかし、いまのでわか
っ
たこともある。
彼女は古風な名前なのだ。
後は簡単だろう。
またもや浅はかな考えは瞬く間に打ちのめされ、結局俺が帰る日まで答えは出なか
っ
た。
「明日帰るわ」
「
……
そう残念ね」
どこか消え入りそうな顔でそう呟いた。さ
っ
きまで楽しそうに微笑んでいたのに。
締め付けるような痛みは、心の奥底から俺に言葉を吐かせる。
「
……
来年。来年また来るから!」
「
……
私はいないかもしれないわよ?」
「そんなことは
……
ないだろ」
「
……
うん。いるわ。だ
っ
てこの場所が好きだもの」
ずきり、ずきりと胸を締め付ける。それほどまでに彼女への思いが大きくな
っ
ていたのか?
俺にはわからない。
「それじ
ゃ
……
またね」
その瞬間、酷く心臓が跳ねた。
そして強いノスタルジー
が心を占める。
そして思い出す。セピア色に変わ
っ
た思い出の断片を。
神社の前で、二人で、なんでも分け合
っ
て、そして
―――
約束をした。
気付いた時には彼女はいなか
っ
た。
残り僅かなラムネを飲み干す。
カラン。
今は一人にな
っ
た神社の境内に音は響いた。
いつから祖父母の家に行くのに気が進まなくな
っ
たのか?
それは十年近く前、とある女の子との約束を破
っ
てしま
っ
たからだ。
理由は両親が忙しくて二・三年帰れなか
っ
たから。
約束はただ、来年もここで会おうね
っ
て、ただそれだけ。
でも、約束を破
っ
てしま
っ
たことが重くのしかか
っ
て、結局久しぶりに帰
っ
た時も神社には行けなか
っ
たのだ。
それから数年。そんなことはとうに忘れてしまい、そしてまた出会
っ
たのだ。
運命
……
だと思う。
しかしやはり心苦しい。
彼女はどう思
っ
ているのだろうか?変わらない心のままでいるのだろうか?
嫌われてはいないのだろうけど
……
とにもかくにも、今年も彼女に出会
っ
たら一番最初に名前を呼んでやろう。
今年は親と一緒には行かない。
一人で電車とバスを乗り継いで先に行くのだ。
楽しみだ。
そしてまた、夏が訪れる
―――
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