てきすとぽい
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第41回 てきすとぽい杯
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この悪魔め
(
酔歌
)
投稿時刻 : 2017.10.14 23:35
最終更新 : 2017.10.14 23:37
字数 : 1922
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2017/10/14 23:37:54
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2017/10/14 23:35:53
この悪魔め
酔歌
母は、現代を走
っ
ているはずの私よりもず
っ
と、現代
っ
子だ
っ
た。私が出版社からタクシー
を走らせる間、私とメー
ルをしていた。
「そろそろ死んでしまいそう。だけどね、逆恨みなんてするんじ
ゃ
ないよ」
「すぐ行くから」
そう私が送り返した後、しばらく連絡が途絶えた。そしてそれは、まさしく、死を表していたのだろう。20分間、息もできなか
っ
た。締切間近の作家を呼び出すことなんか比にならないくらい。汗が垂れる。運転手さんが心配してこちらを見つめている。だけれど、それどころじ
ゃ
ない!唾と同時に上を向き、呼吸、ああ早く。早く。
現代では珍しく自宅で息を引き取
っ
た母は、最期までず
っ
とスマー
トフ
ォ
ンを放さなか
っ
たと先生は言う。病気でも怪我でもなく、本当に安らかに死んだのだ。安らかな顔を見て、私はず
っ
とそうだと思
っ
ていた。
「うつ病の可能性、ありますね」
先生が真面目な顔でそうい
っ
た。嘘だ。母は病気なんかにかかるような人ではなか
っ
た。例えどれだけ私が家を空けようとも、帰
っ
てきたら必ずぴんぴんしていたのだ。必死に訴えるが、先生の確証が揺らぐことは無か
っ
た。
「テクノ依存症かもしれません。ついさ
っ
きまで、貴女とメー
ルをしていたんですよね?」
先生の声は私の耳に確かに届いたが、依然として事実を受け入れられずにいた。そんなこともお構いなしに玄関が開き、悪魔がや
っ
てきた。
「よ
ぉ
ー
、ババア、金もうち
ょ
っ
と貸してくんねー
かなー
」
酒の匂いが少しずつ近づいて来る。私は圧倒的な嫌悪感を抱き、母を抱いた。楠木。私の義弟で、養子として母が引き取
っ
た息子。私が中学校の頃家出して以来、度々顔を出しては金をせびる最低男。ち
ゃ
らち
ゃ
らとキー
ホルダー
ばかり引
っ
掛け、彼は母の前へと現れたのだ。
「あん? おいババア。ナニコレ。死んでんじ
ゃ
ん」
先まで真
っ
赤に染ま
っ
ていた彼の頬が青ざめていく。立ち、そのまま玄関へと向か
っ
て行
っ
た。小さく折りたたまれたチラシを忘れて。信じられないほど、人の命の軽さを感じた。比較的低出生だ
っ
た彼を、同じように出て行
っ
た父の助けなしに育てた母の苦労を悲観するように、私は母の顔を見つめた。
「ご家族ですか?」
「
……
いいえ、何でもいいです」
「これ、お母様のエンデ
ィ
ングノー
トです」
先生は一冊のノー
トを取り出した。どこまで現代
っ
子な母親だ、私の知らない単語を簡単に放
っ
てくる。それは、どうやら遺書と同じようなもので、後悔や親族に伝えることを記すものらしい。
後日、私はそれを見てみることにした。理由はない。母が残した物が、それとスマホくらいだ
っ
た。金も、場所もほとんど男に取られ、行き場を失
っ
ていた母。それをし
っ
かりと受け止められるのは私くらいなのだろう。
『果南へ
――
もしまだ彼が来ることがあれば、いくらか包んで渡してあげてください』
その一文を読んだ辺りから、私は目の前が暗くな
っ
ていくのを感じた。ただ数文字の鉛刻が、私の心をおかしくしてしま
っ
たのか、その日から復讐の事ばかり考えていた。
「ねえこれ見てよ、男列車! だ
っ
てさ」
「男性限定。珍しい寝台列車ですね」
会社でのその会話を、私は聞き逃さなか
っ
た。いつもなら同僚のただの会話なのだが、その日その瞬間だけはレー
ダー
が異様に察知していた。ただ、まだ迷
っ
ていた。そんなことをして、母が喜ぶわけがない。そう、逆恨みはしてはいけない。母との最期の約束。だが確実に、視界に暗雲がかか
っ
ていた。
包丁の鋭い光。LEDを反射させ、視界を、まるで白内障にかか
っ
たようにぼやけさせる。ああ!まな板に転が
っ
たタイの身体を刺す。もう、限界は近づいているのだと目に見えている。そして、その時は訪れた。楠木のチラシを開いてみると、まさしくその男性専用寝台列車の案内だ
っ
た。プランに丸まで書かれてる。奴は乗り鉄だ
っ
た。それを持して、私の心に浮かんでいた風船は、周りの汚い事象と共に割れ、吹き飛んだ。
悪魔だ。私は悪魔だ。男装をして、乗り込んだ。揺れる車内で、中性を装
っ
てヤツを探す。とにかく、ヤツを。まだ入室案内はかか
っ
ていない。取りつかれたようにシー
トを掴む。荒い息が、距離を詰めていく感覚を掴んだ。走
っ
た。走るほどに私は興奮してこう言
っ
た!
「悪魔め、すぐに見つけてやる」
そして、彼を見つけたとき、私ではない誰かの声が聞こえた。
悪魔はこ
っ
ちだよ。
そんなやつ、悪魔なんかじ
ゃ
ない。
俺が悪魔さ。君の盟友だ!最低な仲間だ!さあそいつの懐に包丁を、さあ!
首を振る。だが、抵抗できない。一歩、一歩が私を拘束する。鎖が、私と楠木の指先一つ一つを、鮮麗な赤い糸であるかのように紡いでいく。離れない。離れられない!私は振り返
っ
て、悪魔を見た。
こんな時に笑うなんて。この、悪魔め!
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