girl meets girl and death.
##
明理
夜。
風を切り裂いていく。
夢で空を飛んでいるときのように、体は虚空に投げ出されている。
夢ではない。
落ちている。
体を支えるものはなにもなく、踏みしめるはずの地面が先にある。
落下の法則。
目に見えない重力に支配されて、加速し、終わりのときを待つ。
体中に大きな音が響き渡った。
外からの音ではない。
私の内側から、私を終わらせる叫び声。
骨が折れ、内臓が割れ、体中が軋む。
地面に激突して、一度、重力に抵抗するように跳ね上がり、すぎに捉えられ、また地面にぶつかった。衝撃の音が命と共に空気中へと逃れていく。静かになった。呼吸だけがわずかに荒い。
地面にひれ伏した私の目の前に生きていた証が広がっていく。赤い。緋色のソレは、徐々に体が流れ出し、目に見える形で世界への別れの時を教えてくれた。
これでもう学校に行かなくていい。
この世界が嫌だったから自殺しようとして高いところ飛び降りた。
どうせ死ぬなら一度でいいから飛んでみたいと思っていた夢を叶えた。
さようなら。
目を閉じようとした私の前に綺麗な女の子が現れた。
「なあ、お前を殺してもいいか?」
## 回菜
人を殺してみたいと思っていた。
誰でもいい。
嫌いなやつなんていっぱいいたけれど、だからと言って、そいつを殺したいという気持ちはなかった。違うのだ。もっと「殺す」という行為を純粋に望んでいた。だから嫌いなやつらにはもったいない。そんな人間はめでたく平和に長生きしてよぼよぼになってみっともなく死ねばいいと思う。
もっとこう綺麗で美しい、そんな死を作りたい。
できれば夜がいい。
ずっとそんなことを考えていた。
若さゆえの病気だと中学生の頃は考えていたが、高校生になってもその思いは消えなかった。いつか消えるだろうかと考えながら、しかし、やはりこれは抑えることのできない使命なのだとも感じていた。
日々、ナイフを懐に忍ばせて、夜の街を散歩し、機会を伺っていた。
そうしたら、空から女の子が降ってきた。
目の前で大きな音を立てて地面にぶつかり、バウンドして、ぐったりと固まった。あまりの衝撃に心臓の鼓動が早くなる。もう数メートル先に進んでいたら、一緒に潰れて死んでいただろう。
恐る恐る近づくとまだ息があることに気付いた。少女を見下ろす。
死んではいない。
しかし、もう長くはない。
救急車を呼ぶべきだろうか。周りを見渡したが、近くに人はいなかった。夜という時間、ひとけの少ない道。人を殺すには相応しいと考えていた場所に、突如、強い死の臭いが現れた。足元を見る。曲がらないはずの方向に曲がっていた。
ドキドキしている。
興奮している。
かわいらしい女の子だ。
私が男子で、もっと明るいときに普通な形で会っていたら、きっとデートに誘いたくなるような。
「なあ、お前を殺してもいいか?」
思わず声が出た。
考えていたわけではない。自動的に声が出ていた。
少女の片目が大きく開く。もう片方の目は潰れて赤いモノクルをかけたようになっていた。驚いているのかもしれない。でも、それはお互い様だ。
「ど……い、ことで……か?」
少女の口から荒い息を避けるように声が出た。
「お前、自殺したんだろ。こんなところで落っこちるような事故なんてありえないし。それとも救急車を呼んでほしいか? なあ、助けてほしいのか」
「い……や……」
「じゃあ、殺させろよ」興奮して言葉が止まらない。「私はずっと人を殺してみたいと思っていたんだ。ほら、これで誰かを殺そうと」
懐からナイフを取り出す。街灯の明かりに反射してキラリと光った。
「誰でもいいんじゃないんだ。汚いやつは嫌だ。でもお前はどうせ死ぬんだろう。だったら殺したっていいよな」
少女の片目がぎょろりと動いた。
口が言葉にならない息をもらしていた。
首には半分が赤く染まった十字架のネックレスが見える。
「わかった。ありがとう」
ナイフを握りなおし、少女のそばにひざまずいた・
「私はカイナ。お前は?」
## 明理
「ア、カ……リ」
名前を伝えた。
突如現れた美しい女の子が、私を殺したいと願ってきた。これは夢だろうか。それともここはもう地獄なのだろうか。自殺した罪で地獄へ落とされたのか。混乱していたが落ち着くことなどできるはずもない。もう死にそうなのだ。命が逃げていくのがよくわかっていた。
だから、彼女の願いに肯定を返した。
返そうとしたけど言葉にならなかった気持ちを彼女は受け取ってくれたらしい。
殺してくれる。
それなら自殺ではなく。
神様に許してもらえるかもしれない。
もしかしたら、彼女は神様が私のもとに送ってくれた天使だろうか。そう思えるぐらい美しい。眩しく光っているように見えた。
「それじゃあ、殺すぞ」
彼女は自らに言い聞かせるようにつぶやいた。
私が自殺するときに躊躇したように、彼女もまた自らがこれからしようとしていることに迷っているのかもしれない。そんな彼女に私がしてあげられることはなにもない。ただこの体を差し出し、もうわずかしか残っていない命を与えることだけが私に残された自由だった。
「あ……り、がと……う」
## 回菜
なんでお礼を言われたのかまったくわからない。
これから殺そうとしてる人間にだ。
いや、自殺しようとしいたのだから死ぬのが望みで、それなら殺そうとする人間にお礼を言うのは筋が通っているということになるのか。もしかしたら体中が痛いのかもしれない。それなら速やかに殺してやろう。
ナイフを持つ手が震えている。
ずっと願っていた夢が叶う。
このあとどうなるのか、そんなことはどうでもいい。
人を美しく殺せればいい。
彼女なら望んでいた美しさにふさわしい。
彼女が死んでしまう前に、殺さなくてはダメだ。
お礼まで言われたのだ。
実行しなければ。
ナイフを少女の胸に突き刺した。
肉を突き進む感触が金属を通って腕に伝わってきた。これが人の肉の感触。
少女がわずかに呻いた。
命が切れる瞬間のデスボイス。
ずっと覚えていてあげよう。これから先、どんなことがあっても、彼女の今の最後の声を忘れない。
少女の目から光が消えた。
もう息も聞こえない。
人を殺した。
夢がかなった。
命が今、ひとつ消えた。
ナイフを少女の体に残したままで、手を離した。わなわなと震えている。
さて、これからどうしようか。
自首するか、110か、どちらもどうも嫌だった。捕まるのが怖いのではなく美しさを穢されるのが気持ち悪く感じられた。
死んでしまった少女に寄り添うように地面に転がった。
こんな冷たい地面の上で、この子は死んでいったのか。
自らの頬に少女の血がべっとりと付着したのを感じた。
顔も服も、彼女の血で赤く侵されていくのを想像した。
顔を近づける。
生きているときは、さぞやかわいい女の子だったろう。
否、いまもかわいらしい女の子だ。
生きていなくとも。
私は、少女の額にキスをして、
目を瞑り、
夜にまぎれて眠ることにした。
おやすみなさい。 <了>