夕日の音を知っていますか? 夜の青さを認識しました(予告編)
「あなたをこの街から連れ出しにきました」
図書館のカウンター
に現れた女性が言った。
かすかに息を切らした様子で、しかし心の底から嬉しそうに微笑んでいる。
彼女の服装は動きやすそうなもので、ここまでの山道を乗り越えて来たためか、土埃にまみれていた。
―― ここはワースレスガーデン。学者たちによって作られ学術都市。そして役目を終えた街 ――
「僕は、この街の管理人です」
図書館のカウンターから顔だけを出していた少年が言った。
少年は、表情を微動だにさせない。
感情なく、しかし礼儀正しい様子で微笑み、言葉を発した。
「ですから、この街から出ていくことはできません」
―― 少年はロボットだった。与えられた役目のまま、住む人のいなくなった街を守り続けている ――
図書館の自動ドアが開いた。朝の光とともに入館したゼラが、ゆっくりと優雅な様子でクゥクゥの座るカウンターのもとへ歩いていく。彼女の長く黒い髪とスカートが声のない図書館で踊るように弾む。
ゼラは、クゥクゥの向かいに立った。クゥクゥの顔を見て、しっかりと眼を合わせる。それから、小首をかしげて尋ねた。
「なにか楽しいことでもありましたか?」
―― クゥクゥに感情が戻りつつあった。日々、少しずつ、人間のように…… ――
「なんでもありません」
クゥクゥが頬を赤くして勢いよくカウンターに顔を伏せた。時間をとる。小さく深呼吸をする。それから顔をあげる。
「ひゃあっ!」
クゥクゥが驚きの声を出した。顔をあげたクゥクゥの眼の前にゼラの顔があった。すぐにでも触れそうな距離で、ゼラがクゥクゥの顔に息を吹きかける。クゥクゥは勢いよく体を後ろに反らし、椅子から転がり落ちた。
―― そうしてクゥクゥは『怒り』も取り戻す ――
「あなたが僕を作り変えたのですね」
クゥクゥがゼラの前に立つ。首を曲げて、斜め上にあるゼラの眼を睨んだ。
ゼラが動揺している。唇を震わせていた。しかし言葉はなかった。
「僕は、あなたが来てから変わっていった。いろいろなことが楽しくなった。世界がカラフルに色づいてみえた。あなたを……たぶん、好きだと思うようになった。この街を出て、あなたに着いて行きたいと……」
ゼラが首を大きく横に降った。眼に涙が浮かぶ。赤い頬に一筋の線が光る。
「全部、あなたが、僕のプログラムを書き換えたんだ」
―― 与えられたもの、奪われたもの。復元か、矯正か…… ――
「夕日の音を知っていますか?」
「夜の青さを認識しました」