小島はその日も、菓子パンを食べていた。
　毎日毎日、昼休みになるとコンビニへ行き、カレーパンやらアンパンやらを買ってくる。
　シャツは襟がよれてて、スーツも二着しか持っていない。
　同じ職場で働く同期なのに、何故にこうも貧乏臭いのか不思議になるほどだ。
　営業ではないから、身なりに気を使わないのだろうか。
　そう考えることもできる。
　しかし小遣い制限のある妻帯者でもないのに、どうして毎日菓子パンなのか。
　ふつうに推測して理由は一つしかない。小島はきっと金を持っていないのだ。

　貧乏なだけでなく、小島は小心者で無口な男だった。誠実な人間のような気がするが、私生活には謎が多い。よくよく考えれば、住んでいる場所も出身地も分からない。人並みに給料をもらっているはずなのに、どうして毎日菓子パンなのか。近くには安い牛丼屋もあるというのに。
「お前、今日も昼はパンなのか？」
　翌日、トイレで隣り合わせた小島に訊いてみた。
「まあね。俺は、昼は毎日菓子パンと決めているんだ。いわゆる一身上の都合という奴さ」
　少し考える仕草をしてから、小島は言った。用を足しながら、なんで、と当然の疑問を訊いてみる。
「だから一身上の都合って言っただろう。秘密というほどじゃないけれど、人には説明したくないことだってある。でも、誰にも言わないと約束するなら、教えてやるよ」
　用を済ませて手を洗う。鏡にうつる小島の顔は、何故か誇らしげだ。
「まさかレジの店員が好みとか、そんなのじゃないよな？」
「想像力に欠けるが、いい線だ。お前、俺が食べている菓子パンを見て、何か気付かないか？」
　小島はネクタイをいじっていた。小さなシミがついている。あまりに見慣れた光景で思い出すのも難しいが、たぶん何ヶ月も前からシミつきだ。
「何もおかしなことなさそうだけどなあ。それよりも、ネクタイ買えよ。百均で売っている奴の方がまだ見栄えがするぞ」
「うん、でも、これでいいんだ。少しだらしない方が、向こうも余計な心配をしないから」
「向こう？」
　女の匂いがしたが、そうだとしたら変わり者だ。冴えない服装が好みだなんて、ちょっと理解できないものがある。
「で、俺が食べている菓子パンだけど、あれ全部同じメーカーのものだよ。不思議と食べていても飽きない。このパンを開発するために、アパートにいる時も考え事をしているんだなとか、そんな風に思うと、手作りの料理を出されているみたいだし」
　少し綻びのあるハンカチで手を拭くと、小島は幸せそうに笑った。腕時計を見ると、十二時に近い。菓子パンを食べることが生き甲斐だなんて、ひどく働く意欲が萎えてくる。
　他人を羨むことなんてなかったけれど、これを嫉妬と呼ぶならそうかもしれない。
　今日の昼飯は何にしよう。
　誰より美味いものを食ってやろうと思うものの、、それにはパン製造メーカーに勤める女を見つける必要がありそうだ。
　

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