てきすとぽい
X
(Twitter)
で
ログイン
X
で
シェア
第53回 てきすとぽい杯
〔
1
〕
…
〔
3
〕
〔
4
〕
«
〔 作品5 〕
»
〔
6
〕
〔
7
〕
…
〔
12
〕
よろしく、神様
(
ra-san(ラーさん)
)
投稿時刻 : 2019.10.19 23:31
字数 : 878
1
2
3
4
5
投票しない
感想:2
ログインして投票
よろしく、神様
ra-san(ラーさん)
半年。
それが私の余命だ
っ
た。
「
……
大丈夫?」
「愛しているよ」
手を握る妻にそう言
っ
てうなずく病床の私を、彼女は不安げな瞳で見ていることしかできなか
っ
た。
「キミの方が疲れて見えるよ。大丈夫。今日はゆ
っ
くりおやすみ」
そう慰めて、妻を家に帰す。笑顔を絶やさず、彼女が部屋を出るまで見送る。そしてその姿が見えなくな
っ
た後に、私は息を漏らして呟くのだ
っ
た。
「
……
大丈夫、か」
ホスピスに移
っ
て、ぼんやりと窓の外の景色を見ている。雲が流れている。私の余命とともに。
さした人生を送
っ
た訳ではなか
っ
た。大学を出て就職し、結婚をして子供を育て、それも一段落ついた頃に癌になり、そして余命宣告である。安手のドラマによくあるテンプレー
トな人生だ
っ
た。
他人と比較すれば、それなりに幸せな人生であ
っ
たとは思う。仕事には真摯に取り組み、周囲の信頼を集めて頼られる存在にな
っ
ていた。妻を愛し、浮気などしようとも思わなか
っ
た。家事や子育てにも積極的に関与し、子供たちからも愛され、家庭内は常に円満であ
っ
た。もちろん犯罪などひとつも犯さず、酒やタバコとも縁のない真面目な人生を送
っ
た。この世に神様がいるのなら、必ずやその審判は天国への階段を示すだろう。
それなのにどうして。
「こんなにも満ち足りないのだろう」
神様についてなんて、こうなるまでたいして考えたこともなか
っ
たが、神様の望むような人生を送
っ
た私の心は、どうしてこんなにも空虚な悲しみを抱えているのだろう。
「何が欠けているんだろうな
……
」
雲は流れて薄く千切れた。それを見て、ふと思い立
っ
て外へ出た。
抗癌剤をやめ、副作用から解放されて一時的に動けるようにな
っ
た私の体は、外の空気を懐かしむように浴びる。
私はホスピスの近くのコンビニへ向か
っ
た。
「二十五番を下さい。あとライター
」
タバコを買う。
人気のない場所で一本咥え、火を点ける。
そして
――
吸う。
「
……
ゲホ
ッ
、ゲホ
ッ
」
むせた。
「こういうものなのか
……
」
赤々と点るタバコの火と、くゆる紫煙を眺めながら、私はこれで少し天国行きが遠ざか
っ
たかな、と思
っ
た。
「よろしく、神様」
紫煙は流れて薄く千切れた。
←
前の作品へ
次の作品へ
→
1
2
3
4
5
投票しない
感想:2
ログインして投票