首畑
一面の首が、生えている。
鼻歌を歌いながら、首に水やり。土を踏みしめる。足音がかなでる香りは、首たちの吐き出す甘くまろやかなゲ
ップだった。首たちが気持ち良さそうに水分を吸収する。あー、あー。首たちの発する声に、わたしは一層鼻歌を強くした。
収穫時まで、もうすぐなのよ。
ああ、もうすぐ。たのしみだなあ。
ひとりだけのハミング。でも、わたしはひとりぽっちじゃない。だってまだ収穫されていないのだから。
畑を見渡す。数え切れない首が、規則正しく四方に並び、あーあーと香りの良い声を出している。
でも。
畑の向こうから、誰かが覗いているのを、わたしは見つけた。また見つかった。ほんとに、しつこい。
誰かが、わたしの視線に気付くと、慌てて逃げていった。どんな人だったのかは、よく分からない。でも、間違いなくこの畑のことを良く思っていない連中だろう。
あー。あー。
今日の仕事はとりあえず、ここまで。首たちを眺めながら、わたしは考える。あいつらについては、明日、対策を講じよう。
しゃがんで空を仰ぐと、遠い視界は雲ひとつない快晴で、まるでこの土地を見守っているようだった。
満足して、首たちに視界を戻す。首がわたしの人差し指を食べていた。
翌朝。眠けまなこで今日もお仕事。人差し指で目をこする。問題なく指は再生していた。
畑に着く。わたしは愕然とした。
霜が降っている!
わたしは畑のなかに駆けた。全面、白く模様がかっていた。
あいつらがやったんだ。
きっと気温をいじったんだ。
膝をつく。首たちは苦しそうで、声にも臭気が混じっていた。
せっかく長い時間をかけて、いままで育ててきたのに。
おねがい。元気になって。
おねがい。
そばでまぶたをおろしている首に、わたしは手を差し出した。
食べて。食べて元気になって。
がんばって。
首たちに囁きかける。元気付ける。首は、少しずつわたしの指をかじると、次第にまぶたを持ち上げてゆき、むしゃむしゃとわたしの拳をたいらげた。良かった。まだみんな、救える。
案の定あいつらは気温調節機をいじっていた。畑の隅に設置されているそれを、本来の数値に戻す。発見が早かったから、幸いにも被害は少なく済みそうだ。
ホッとすると同時に、あいつらへの怒りがふつふつと湧いてきた。さすがに今回は、見逃してやれない。
どこに隠れているかくらい、わたしには丸見えなんだから。
空を仰ぐ。
その一点の雲。雷雲。
調節機をいじる。雷雲から、雷を生成するくらい、今日のわたしの食費を抜けば容易なことだった。
雷。ぴかり。落ちた。先には。昨日の、誰か。
胴のある人。
雷の落ちた地点に行ってみると、そこに確かに人が横たわっていた。わたしのことを侮っていたらしい。避雷することもなくやられたようだ。
あいつらは、なぜこうも邪魔してくるのだろう。また来期も、その次も、こうして邪魔をしてはわたしに仕事を提供するのだろう。
その人の胴体から、首を切り取った。
ついに収穫期がやってきた。
ようやくきたよ。待ち遠しかった日。
あーあー、あー。
今日はなんだか首たちも活発だ。
良い香りが畑中を満たす。
わたしは試しにひとつ、首を地面からひっこぬいた。
あー、あー、あー。
今度はどんな味に仕上がったかしら。
林檎みたいに。
首をかじると。
果汁がしたたり、服を汚した。