年間王者はダレだ? バトルロイヤルheisei25
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ココロ
投稿時刻 : 2013.12.22 23:59
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 ホビトちんの新曲が、喫茶店のどこかから流れていた。どこから流れているんだろう。ぼくはあたりを見回す。よくわからなかた。ただただ新曲が、人々の脳内に刷り込まれていく。こうやて流行歌は作られる。
「なにを探しているんだ?」
 きみがそけなく訊いてくるものだから、ぼくも「スピーカー」とだけそけなく答えた。きみはまた「そうか」とそけなく答える。ぼくは次になんと反撃すればいいのか思いつかなかた。
 今日の喫茶店は、人が多い。きと雨が降ているからだろう。コーヒーのにおいがして、どこからしているのだろう、と思うと同時に、手元のコーヒーを口にすすていた。甘たるい液体が、舌や歯に感触を残す。
「さきの話」
 唐突にきみが口を開く。ぼくが反撃をあきらめたものと見なしたらしい。正解だた。
「さきの話?」
「違うとか、違わないとか、人気者とか」
「ああ、授業中の」
 きみはオレンジジスだた。きと砂糖たぷりのコーヒーよりも甘たるい、きみの大好きなオレンジジス。大男が喫茶店の小さなテーブルの質素な椅子に座て、黄色い飲み物を前にしている様子は、いつ見ても滑稽だ。
「人気者になる条件てのはさ、みんなと違うことも、みんなと同じことも、関係ないと思うんだ」
 きみは真面目そうに言う。そんな話をしていたんだけ。対してぼくはあまり真面目なことに関心がない。それでもぼくは、喧騒のなかできみの言葉だけを選択する。
「じあ、なに」
「運だよ」
 きみの即答は、取手がふいに欠けたコーヒープだ。
「そんなのあたりまえじん」
 大きな音を立ててコーヒープは机上に落ちた。けれど奇跡的に中身をぶちまけることはなかた。ただ少し跳ねたコーヒーが、ぼくの手を汚した。瞬間的に周囲の視線がぼくたちのテーブルに集まる。ぼくは視線に無頓着なふりをし、きみはただコーヒープに集中した。
 店員がやてきて、ぼくに平謝りをする。まばらな水滴を拭きながら、すぐに代えを持てきますね、と言う。なぜそんなに急いでいるのだろう。ぼくとさほど年齢の変わらなそうな店員は、取手を拾て、持ていた。どこかでくすくす笑う声がする。あのコ可愛いよな。知らない誰かの声。あのコ、というのがぼくではなくてあの店員であることは明らかだ。そうか言われてみるとちこまかとまたカプのほうを取りに戻た彼女は、可愛い。
「もう出よう」
 きみに言うと、きみはようやく店員から視線を外して、オレンジジスを飲みほした。
 喫茶店を出てみると、外は嘘みたいに晴れていた。依然として曇たままではあるけれど、地面はからと乾いている。地下発電機の賜物だろう。
 喫茶店の横の購買に、安い傘が売られているのを今更になて見つけた。「喫茶店で雨宿りをする金で、これを買ていれば良かたな」ときみは言う。でも後悔した様子ではなくて良かた。自動清掃機が購買の前を通る。ホビトちんの新曲がまた流れていた。
 きみは綺麗になた廊下に、あしあとをつける。喫茶店かどこかでなにか踏んだのが、靴の裏についているらしい。わざとそうやて廊下に汚れをおしつけているのか、そうでないのかは、わからなかた。でも上を向いているから、きとわざとではないのだろう。きみは考えたように上を向く。つられてぼくは、上を向く。つられなくても、背の高いきみを見るときは、見上げなくてはならないけど。
「天井、だな」
 きみが納得したように言うものだから、「へえ、そうなんだ」と納得したように返した。「今ので意味わかたのか?」ときみは、顔を綻ばせて言うものだから、「わかるわけないじん」。笑て言た。
「曲だよ。曲は天井から流れていたんだ」
 人差し指を立てるきみの顔は、新たな発見に喜んでいた。そうか。天井か。天井は照明機能だけじなくて、音楽再生機能も備えていたんだ。
「訊かれてから気になて、ずと探してたんだよ」
 そう言うきみは本当に嬉しそうだ。きみは発見をすると、甘たるくて明るくて、子犬みたいな顔をする。だからきみは、発見のありそうな事柄を見つけると、それに飛びついて離れないんだ。子犬みたいに。
「行こうよ」
 と帰宅を促すと、きみは笑顔のまま表情を固めて、ぼくを見下ろす。ホビトちんの曲が終わる。
「おれ、明日の朝には行くから」
 そうやて、急に本題に入る。
「どこに」
「海外に」
 真面目くさた即答。そんなこと、言わなくても知ているのに。きみは発見が好き。初めて会たときから、きみはそんな人だた。
 ぼくは歩きだす。いつまでも購買の傘に未練を持てはいられなかた。きみも遅れてついてくる。歩幅が大きいから、遅れるという感覚もいだく暇はなかただろう。
「おれがいなくなたら」
「大丈夫だよ」
 即答には即答。ぶつ切りの会話が続いていた。生徒証を提示して学校の敷地外に出る。校門を出た先は道路だ。いつまで経ても数の減らない自動車が、規則正しくも速いスピードで通り過ぎていく。道路に発熱機能はないから、まだ残ていた水たまりが、ぴしりとあたりに飛び散た。
「おまえ、おれの他に話す人いないじないか。おしべり好きのくせにさ」
 いつからぼくがおしべり好きになたのだろう。ぼくはきみとしか話さないのだから、おしべり好きなわけがないじないか。信号が青になる。
「半年はいないんだぞ。最低で半年だ」
 研修生兼、研究者連中の雑用係として、きみは新種エネルギーの発掘現場と他国のラボを行き来する。その間、この学校に帰てくることはない。
 ぼくたちが渡り切た後であても、歩行者側の信号がまた赤になるまでは、車は進むことができない。待機している車のうち一台に、迷惑な車があて、大音量でホビトちんのデビ曲を流している。ホビトちんは人気者だ。
「帰てくるんでし
「何か月も先の話だ。その間、おまえは」
「だから大丈夫だて」
 手を掴まれる。あ、と思た。ちがでてる。
「どこが大丈夫なんだよ。自分の怪我にも気づけないやつが」
 きみの大きな手が、ぼくの人差し指を抱えた。きみは常備しているらしい看護シールを、その傷口に貼る。いつ怪我したのだろう。小さな怪我で、気づいてもさほど痛みは感じなかたけれど、血は蟹の吹く泡のような有様だた。つまた呼吸を意識しながら、きみの手のひらに包まれた指を意識しながら、今日一日のことを思い返す。朝起きて、朝ご飯を注文して、学校に出て、授業を受けて、授業を受けて……。ああ、コーヒープの取手が取れたときだ。あのとき、きと欠けた先が指を切たのだろう。
「もういいよ。ありがとう」
 お礼は言いたくなた。でも、もういいよ、だけなのもなにか足りなかた。嫌なお礼を言たところで、その不満は解消されなかた。きみがぼくの手をとたまま、離さないのも、癪に障た。
 信号を渡たところでぼくたちは足を止めていた。そのまま手を掴まれている状況はどこか落ち着かなかた。きみは真面目くさた顔をする。その顔は好きじない。ぼくは好きじない。
「おれは好きだ」
 だから、その真面目なところが嫌なんだ。
 きみが、左手の薬指を突き出す。薬指だけを伸ばすのは難しそうだた。車が通り過ぎる。ぽつりと水滴が落ちてきて目元を濡らした。また降てきたのではなくて信号機についていた水滴だた。
 薬指が、水滴をなぞり取る。視界がぼやけても必死にぼくはきみを見ようとした。そんなことをしてくる奴はどうして、みんな難しい顔をするのだろう。
 また目元が濡れた。続けて濡れた。止まらなかた。きみの左手を掴んだ。それを自分の首に持ていた。それはきみにとて発見だたのかもしれない。きみはようやく嬉しそうな顔をした。きみの左手をつかむぼくの右手で、不器用に貼られた看護シールが磁気に共鳴している。薬指がぼくの首に入ていた。視覚に表示されるフイルが、同期中の案内をする。きみの〈情報〉が、ぼくの。
[同期完了しました。この記録媒体は安全に取り外すことができます。]
「ごめん。その」
 きみが言うより先にぼくは全力で首を振る。穴は既に塞がている。
「帰てきてよ。半年後には。そしたらぼくのも、あげるから」
 うまく言えたかどうかは、わからない。
 そんなことは言いたくなかた。
 それはただの言葉だ。
 でもきみは、ぼくの言葉を、ただぼくの言葉だけを選択する。
 そしてその後、ぼくがぼくの〈情報〉をきみにあげる瞬間は、永遠に訪れなかた。
 きみが帰てくることは、なかたからだ。
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