年間王者はダレだ? バトルロイヤルheisei25
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ココロ
投稿時刻 : 2013.12.22 23:59
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 ぼくは中学生のころに、大人の男から乱暴を受けた。ひとりの人間が選択し保存できる〈情報〉は、自分のものを合わせて三人分まで。ぼくはもちろんそのころ中学生だたから、誰の〈情報〉もみだりに受け取らずに、ただ自分だけの認識を育んできた。
 それをあの大人がぶち壊したのだ。
 あいつは最初から動物的な生殖行為には興味を持ていなかた。人間的な、〈情報〉の同期を求めた。新人類は種の可能性を閉じ込める。ただ保守的に保存の道を歩む人間は、人間でありながら動物という枠組みをわずかに外れた。
 人間は「主観」というものに支配されている限り、決して分かり合うことはできない。なにごとにも個人の認識によて世界は確約された。同一のものを見ているはずなのに人によてそれに対する認識は大きく異なた、そしてそうだというのに、その認識の溝を埋めることもなければ、ともすればその「主観」の存在さえも認識することができないことが大半だた。人間は個人で見て、聞いて、感じて考えている限り、クオリアから抜け出すことも、イデアを知覚することもできない。
 あいつはぼくを押し倒したかと思うと、すぐさま薬指をぼくの首に突き刺した。強制的にあいつの〈情報〉がぼくの中に――あのときはまだ「わたし」だ――なだれ込んでくる。
 死んだな、と思たのに、そんなことはなかた。ぼくは肉体的にはなんの不自由もなく生活することができたし、なによりも怪我ひとつつかない行為だたのだ。あいつはただぼくのなかにあいつをばらまいて、それだけで逃げていたのだ。それは放課後の教室の出来事だたから、初めは家族に知られることもないことだた。あいつは教師だた。
 けれど、日を追うごとに、ぼくの頭はおかしくなていた。たまに、ふと気が付くと、友達のことをこどもだな、おさないなと思たりする。かわいいな、こいつもやちまいたいな。それは教師のリアルタイムの思考だた。ぼくは成人男性の思考を眺めていたのだ。
 頭のなかで上映される彼の「主観」は、いつも冷酷なのに同時にとても幼稚だた。大人になてもずとこどもでいるみたいだた。でもそもそも、大人になるてどういうことだろう。いくつになても大人にはなれないんじないか。ずとこどものままなんじないか。ぼくたちが見ている大人たちの、ぼくたちが予想している内側は、むなしい空想にすぎないんじないか。ぼくにはわからなかた。
 次第に、彼の「主観」がぼくの「主観」を侵してくるようになた。ぼくが「ぼく」になたのは、だからそのころだ。情報係数がゼロに近づく。ぼくは、ぼくは……。頭がずきずきと痛む日々が続いた。ぼくは、ぼくは……。吐き気が続いてもなぜか学校を休もうとは思わなかた。それは教師としてのぼくが、仕事面倒だな、と思いながらも、通帳のことを心配しているからだた。
 女の子がぼくなんて言うんじありません! ついには母親に叱咤された。それはそうだ。ぼくはぼくの意識に関係なくぼくのことをぼくと言ていた。ぼくのことをわたしと呼んでいた当時、自身をわたしと呼ぶことになんの違和感もいだかないように、ぼくはそのころ、完全にぼくだた。
 そしてばれた。教師が現行犯で捕またのは、ぼくが強く人を押し倒して自由にしてしまいたい衝動に駆られたときのことだた。急遽執り行われた〈情報〉検査で、ぼくがあいつの被害に遭ていたことが発覚した。そのころになてようやく母親がぼくに対して優しくなた。でももう遅かた。賢明な治療がほどこされた。ある程度の回復は望めたけれど、完璧ではなかた。完璧な「ぼく」の除去は既に不可能な領域になていたのだ。ぼくはぼくだた。ぼくはぼくであて、ぼくでしかなかたんだ。
 そのあいつが、先日、死んだ。釈放された後、懲りずに生徒目当てに研究船に乗たところ、その船がその船だたのだ。
 海に沈んで。
 水にのまれて。のみこんで。
 暗闇の底へと沈んでいたのだ。

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 慰霊ホールを出る。外は雨が降ていた。
 どこか清々しい気分だた。事故に遭た人たちには悪いけれど、過去と完全に決別できた気がしたんだ。
 携帯通信機に、着信が入ていた。メセージを選択する。
[やあ。久しぶり。そちはどう? こちは忙しくて大変だ。最近あた沈没事故のせいで、こちの研究は大打撃だよ]
 きみからのメセージ。二人が卒業して、もう何年も経つのに、きみは一度も帰てくることなく、向こうで頑張てみるみたいだ。
 わたしは、――わたしは、空を仰いだ。
 きみには、感謝している。きみはいわゆる、初恋の人で、結ばれることはなかたけれど。きみがくれた〈情報〉のおかげで、わたしは人と出会うすべを学んだ。
 いま、わたしのお腹のなかには種の可能性が宿ている。
 
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