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友情に免じてちょっと付き合ってくれと、電話越しにアンジーに頼まれた。午後五時過ぎ、外はすっかり暗くなっていた。
「お前にしかこんなこと頼めないし」
飲み仲間でDJ仲間のアンジーに対して私が抱いていた感情は友情ではなかったのだけれど、それでも私は少なからず嬉しくて、即刻OKした。
だって、今日は十二月二十四日。キリスト教徒なんて人口全体の数パーセントだろうに、世の中は無駄に浮き足立ち、恋人たちがキャッキャウフフと我がもの顔で街を闊歩するせいで私みたいなボッチ野郎は肩身の狭い思いをしないといけないクリスマス・イブ。
そんな日に、こちらは憎からず思っているアンジーから呼び出されたのだ。そりゃ、コージーコーナーで買ったショートケーキはとりあえず冷蔵庫にしまって駆けつけるというもの。しかも、アンジーが指定してきたのは彼のマンションだ。
会ったことはなかったけど、アンジーに彼女がいるのは知っていた。ので、もしかして、喧嘩して彼女が出ていってしまって、寂しいから来てくれ、だったりして。
常にボーイッシュな私らしからぬスカートなど履いてみて、こんなんじゃアンジーに笑われるかもしれないなぁなんて思ってズボンに履き替え、いつものスカジャンを羽織ってバタバタして家を出たのはアンジーから電話があった四十分後だった。新宿と新大久保の間くらいにある彼の家までは、うちから電車と徒歩で三十分ほど。
気持ちばかりがせいて、二十五分で彼のマンションに着いてしまった。インターフォンを鳴らすと、「井岡か?」と彼の声がした。井岡佑香こと私は嬉々としつつも「しょうがねーから来てやったよ」なんて答え、ドアが開くのを待った。
アンジーはなんだか顔色が悪かった。本当に彼女にフられたのかもしれない。
「イブにどうしたさ?」
「一人か?」
私が二人でくるわけなどないのに、アンジーは挨拶もなしにそんなことを訊いてきた。当たり前じゃん、なんて答えた私は、そのわずか一分後、彼の言葉の真意を知ることになる。
八畳ほどの部屋。その中央に、髪の長い女がうつ伏せに倒れていた。
もしもーし、そんなところで寝たら寒いですよー、あ、もしかして彼女さんですか、初めましてー、なんて声をかける必要はなかった。
ベージュ色のカーペットに、じんわりと赤い染みが広がっている。
「お前とこの女が喧嘩になって、それを俺が助けようとしたらこの女が勝手に転んで頭打った。そういうことにしてくんね?」
クリスマス・イブに彼氏でもない男に呼びだされても、のこのこ行くもんじゃない。